Doctor profile
ドクタープロフィール
刊行書籍に関係するドクターについて
より信頼性の高い情報をお届けするため、医療関係者の方々にご助力を要請しながら、多くの医院やドクターをご紹介しております。医療についての多角的な知識と専門的な技術を備えた全国各地のドクターをチェックできますので、病気や怪我などの際に頼れる専門医をお探しの際にぜひご活用ください。ご自身の症状やお考えに合う医療を選択できるように後押ししております。
売り方、買い方を伝えたい 誠実さがモットー、顧客満足の最大化を追求
阿部賢史代表が1人で全ての業務を切り盛りするライトハウスジャパン。不動産の売買仲介業を手掛けており、不動産を売りたい、買いたい顧客の満足や利益を第一に考えて、契約内容を考え提案するのが同社の特長だ。顧客に喜んでもらえる解決策を提示するという、実にシンプルな方針である。
社名である「ライトハウスジャパン」の「ライト」は、「Right」(正しい)の意。「正しい不動産の売り方、買い方を提供する」という意味を込めている。語感も考慮し、また全国区を目指すという意志も込めて、「ジャパン」の言葉も付けた。
近年、不動産を売却したい人向けのポータルサイトが数多くできており、閲覧した顧客の要望で相談に繋がることが増えている。不動産を売りたいのであれば当然、複数の業者の査定額を比較・検討することになる。「その際、当社を選んでもらえるようにすることが一番重要です」と阿部代表は指摘する。
会社の理念は、「家・不動産を売る方、買う方に正しい選択を」というもの。
「言葉だけではいけないのではと思います。言ったことをきちんと行動に繋げられるかどうか。有言実行が大事ではないでしょうか」
顧客には、不動産の売却期間まで全て正直に伝えている。査定金額も適正価格を心掛けている。
「もちろん商売ですから、売り上げの追求は大事です。しかし同時に、会社の利益だけではなく、お客さんに利益をもたらすような、正しい不動産の売り方を提案していきたい。真面目にやっていれば、最終的には会社の評判も上がり、業績も上がると思うのです」
最近は、相続に関する相談も増えている。親から相続した土地、建物を、残された兄弟など相続人の間で落としどころを見つけるという作業だ。兄弟の仲が良くないというケースもあるので、気を遣う案件である。しかし相続される家はほとんどの場合、古いケースが多い。長年、両親が住んでいた家のため、どうしても建ててから時間が経過した物件が多くなる。
「更地にするのか、リフォームするのか、あるいは買い手がリフォームするのか、色々な選択肢があります。依頼者から意向をヒアリングしながら、適切な選択肢を提案するのが
我々の使命なのだと思います」
自身の実現したいこと、理想を求めて独立した阿部代表が、今度はその価値観を共有してくれるスタッフを育て率いていく立場になる。まだまだ若い会社で、無限の可能性を持っている。これからの成長が楽しみである。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
高く売れる車ではなく必要な車を顧客に提供する こ
北海道の生活に欠かせない自動車、中でも軽自動車を扱う株式会社クレタ。代表取締役を務める創業者の石亀一昭氏は「人生で1番お金がかかる買い物は不動産。その次は“教育”です。北海道は奨学金の利用率が全国平均よりも高く、奨学金返済は北海道全体の問題、そしてお客さんの悩みかもしれないのです」と言う。
たとえば「大きな車を軽自動車に変えると、5年で約100万円の維持管理を節約できます。そのお金や購入資金の差額で、お子さんの大学進学に備えては」と顧客に伝えている。
また、札幌市奨学金返済助成制度への協賛といった地域貢献のための活動も行う。「北海道の地域課題を知り、社会満足度も意識するようになりました」
石亀代表は、親子で訪れた顧客とのエピソードについて語った。
「親御さんは雪道で滑りにくい4WDを求めていましたが、雪が少ない苫小牧でのお話でしたので、今後の人生で長く運転することを考え、『今日は滑るから車間距離を取ろう』など考える力を養う2WDをお勧めしたのです」
4WDの方が価格やグレードが高く、収益も多い。しかし「お客さんの生活や人生にとって最適な車を売ることが営業の重要な部分だと考えています」と石亀代表。「お客さんにとって真に必要な車の必要性を気付かせることが、同社の大事な仕事なのです」
石亀代表は「人が想いを持って参入しなければ北海道経済は安定せず、人は育たず定着しない」と語る。「これからも社会貢献、ひいては北海道経済を活性化し、この素晴らしい土地を護る仕事をしたいと思います」
クレタの事業を通して、北海道の未来を見据える石亀代表。これからも軽自動車の普及を通して、北海道の大地への感謝を伝え広めて行く。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
小さく軽く、竹のように高く伸び行くアクチュエータ
自動運転による宅配の実現は近いとされている。しかしこれはマンションやビルまでの輸送手段であり、エントランスから自室やオフィスへ荷物を運ぶには別の輸送手段が必要になる。
株式会社RoboSapiensの長尾俊代表は、このラストワンマイルと呼ばれる区間のための自律輸送ロボット〝Karugaroo〟の開発に取り組んだ。物理的にエレベータボタンを押す機構を搭載するため、巻尺機構を研究した武井祥平氏と突出アクチュエータを共同開発、2021年に特許を取得。
Karugarooはエレベータのボタンを認識し突出アクチュエータで押下。部屋番号を入力するデジタルサイネージの数字パネルにも対応。自律的に荷物を部屋まで移送できる。
ある時、「戸田建設が自動ロボットで行う空気質計測で、高さ方向の計測に困っている」という話が上がる。自律型ロボットは水平移動のみの商品が多く、屋内における垂直方向への稼働は盲点だったのだ。
そこで長尾代表は「先端に計測機器をつけ上下させながら移動すれば、立体的な空気質のデータを取ることができる」という発想を得る。戸田建設と共同研究を行い2022年、小柄な本体から巻尺機構を3mも伸長できる〝BambooBot〟を発表。先端の器材を変えれば、点検やカメラ撮影など様々な方面で活用できる。
同社の巻尺機構は直立させることが重要なため、金属テープが市販のメジャーより何倍も強力。硬く座屈しないことで、巻く力や飛び出す力が強く、制御の難度も格段に高い。これを上手く押さえつけモーターと連動させるなど、様々なノウハウが収められ、実用化に成功したのは世界規模で見ても恐らく同社が初めてである。
現在はさらに15mまで伸長するものを開発中だ。元来作業員がハシゴ車に乗って行う高所作業や原子力発電所での放射能の検査も行うなど、人が入れない場所でのデータ収集なども行い、その活躍は作業員の安全へと繋がっている。検知器やカメラ、アームなどいった搭載物の高度化にも取り組む。たとえば複数人で1日かかる、体育館や大型施設の天井といった高所の電球の交換を、ロボットで自動化できたのなら至極便利に違いない。
他に、心音センサーの制作メーカーと共同で、健康状況を見回るロボットの研究開発・実証実験を進めている。患者の健康状態を知る回数を増やすことにも繋がる研究だ。
「地球上で繁栄し生活している人類(ホモ・サピエンス)と同じように、ロボットが新たな種となり、新たな生態系を形成するように成長させたいと考えています。ロボ・サピエンスが生態系を形成し、自身で進化していけるエコシステムを作り上げたいですね」
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
ICカード(トークン)の認証技術・暗号技術で、情報資産の「機密性・可用性・完全性」を確保
株式会社ローレルインテリジェントシステムズは、電子の情報セキュリティシステムの開発に特化した事業を展開し、幅広い業界で運用がなされている。社内外の情報セキュリティを強化・管理したい企業・団体に導入し、クライアント数は3000を超える。
藤井幹雄代表は、「当社が守るのはお客様の情報資産。内部漏洩と外部からの攻撃の対策として、FSSはICカードとパスワードを基本とする多要素認証と、暗号キーなどの管理をICカード内で行う仕組みを構築しています」と話す。
FSS導入の基本はICカード。パソコンに接続したリーダーライターにICカードを挿入し、パスワードを入力すればパソコンが操作可能に。たとえば離席時にカードを抜けばパソコンにロックが掛かり、不正利用や無権限者による閲覧などを防ぐことができる。指紋や指静脈、顔による認証に切り替えることも可能だ。
他にも「データの暗号化」、「デバイスの利用制御」、「ログ管理」、「シングルサインオン」の4つの特徴が挙げられる。
データの暗号化は、暗号鍵をICカード内に保持し、パソコンやサーバーにキャッシュされない分離方式。パソコンの盗難や不正アクセスに遭った場合でも、データを守ることができる。
デバイスの利用制御は、ICカードごとに、スマホやUSB、DVDなどの扱えるデバイスや機能の制限を行えるもので、パソコンからの情報持ち出しを抑制できる。
そしてログ管理は、いつ、誰が、何をしたかを正確に記録し、把握でき、各パソコンの利用履歴が一目瞭然に。共有パソコンでもICカードにより利用者が明確になり、不正利用抑制に繋げられる。
最後のシングルサインオンは、複数のIDやパスワードを、1つのICカードが管理する機能だ。ICカードのパスワード1つで、いくつものIDやパスワードを覚える必要なくログインができるようになる。
この4つの機能を1枚のICカードで実現する『FSS基本パッケージ』は、オールインワンのセキュリティパッケージであり、不正閲覧の防止やデータの漏えい防止強化策がいくつも施されている。ICカードの発行自体を厳格に管理する、『FSS発行管理パッケージ』も提供するのが同社の一連のサービス。
藤井代表は、「導入ハードルの低さを活かし、段階的な導入も容易に行うことができます。ご予算やセキュリティ強度のニーズにきめ細かく対応し、無駄なく長期に亘ってご利用いただけるものを開発、提案しています」という。
情報セキュリティのパイオニアとして、業界のリーディングカンパニーとして、藤代表率いるローレルインテリジェントシステムズは今後も力強く事業を展開していく。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
ビジネスを通じて地域振興への貢献も重視 バ
小畑貴志氏が社長を務める株式会社エム・イー。循環器系の高度医療機器の卸ビジネスを手掛け、電子カルテなどITを活用したシステムを、医療現場の効率化や経営の効率化を模索する医療機関へ提供する事業にも力を入れている。
「心臓血管外科」分野を伸ばし、東京支店も開設。現在の売上規模は15億円程度にまで拡大。売上の約90%を占める主力事業である医療機器の卸ビジネスが堅調で、新規分野の開拓も結果が伴ってきた。
しかし国の方針で「保険償還価格」改訂の下落率が大きくなり、売上拡大を目指すことが難しい状況となった。そこで新たな強化策に選んだのが、医療現場の効率化をサポートする新規事業である。医療向けのDX(デジタルトランスフォーメーション)商材とも言える。ITを用いて、既存の医療現場の運営を効率化するのが目的のシステムである。
現在エム・イーでは、島田総合病院とエスパイオン・メディカルテクノロジーが開発した2つのシステムの普及を進めている。1つ目は安定的な病院経営と地域連携のためのITソリューション「HAMIS」(ハミス)、2つ目は通院・在宅医療/介護協力クリニック用ソリューション「CAMIS」(カミス)だ。前者は総合病院向け、後者はクリニック向けのシステムである。ペーパーレス化した電子カルテを活用しIT化して、医療従事者の負担を軽減する仕組みだ。このシステムの精度が高まれば、看護師1人で5人の患者を診ていた状態から、1人で10人の患者を担当することも可能になるかもしれないという。煩雑な業務をITが肩代わりすることで、生身の看護師が自由に動ける時間が確保できるようになる。システムは病院内だけで完結することなく、患者の自宅やケアマネジャーなど外部と繋げて地域医療全般をカバーするなど、その可能性は無限大だ。
「当社には、『医療をITで繋ぐ』『大きな病院から末端の在宅医療までを繋げていく』という大きなビジョンがあります。在宅でも安心して過ごせる環境を作れるのはITしかないと考えています」と小畑代表は今後の抱負を語る。
これからは、たとえば寝たきり患者への対応であれば、看護師などが担っていた心電図や体重、血圧などバイタルの常時管理もシステムで担えるよう、その適用範囲と精度を高めていく必要があると考えている。
「地域と医療への貢献」を目的に、循環器に携わる看護師向けの研修会も定期的に開いている。現在までに、のべ約5000人が参加した。
療DXの普及、実現を目指したシステムの本格的な販売拡大はこれからである。次世代の新しい医療システムの構築を目指して、小畑代表の挑戦は続く。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
現場の真の困りごとのために開発した製品が社会に貢献し大きく花開く
井澤庄次氏が代表を務める株式会社iSEEDは、在宅の高齢者を見守るためのICT機器を開発、提供してきた。テレビ電話を実現する〝見守りテレビ電話パルモ〟、スマホを利用して映像見守りする〝パルモケアシステム〟、徘徊した認知症高齢者を早期に発見するGPS〝パルモどっち君〟など時代が要請するICT機器を製品化。そして高齢者施設、病院などの施設に市場を広げ、革新的な新世代のナースコール〝パルモスマートコール〟を商品化し、全国に販売を開始。急速な成長を遂げている。
現在主流のナースコールはPHSという電話だけの端末。呼び出しボタンは有線で、アナログ接続されていて生産性が低い。また、工事を含めて非常に高価で予算に合わず、多くの施設、病院で導入が困難な状況だ。
「最新のICT技術でスタッフの負担を軽減でき、高齢者や患者の安心・安全を高め、同時にコストを大きく低減できると考えました。高齢者施設・病院のICT化は緊急の課題だと思います」
そして新世代ナースコール〝パルモスマートコール〟の開発をスタートし、2019年から販売を開始。コロナ禍の時代にも関わらず問合せや注文が殺到し、大躍進を続けている。
通信方式は、これまでに比べて4~5倍の到達距離を実現する〝LoRa無線〟を採用。通信の高い信頼性を実現しながら、受信機の設置が圧倒的に少なく、低コストの無線システムを実現した。形状は病院のナースコールと同様の握るタイプで、有線の配線がないものだ。業界初の商品で、導入の際の工事コスト、期間を圧倒的に低減している。加えて、居室のレイアウトが自由であるというメリットもある。
また、ナースやスタッフの持つPHS(電話端末)の代わりにスマホを採用した。これにより、映像やバイタルデータの確認、業務自動登録、電話機能、インカムなどの機能を全てスマホで一元化。高齢者・患者の安心、安全を実現しながら、スタッフの負担を軽減できるシステムが利用できるようになった。
パルモスマートコールの利点は様々。
・コールへの対応が即座に他のスタッフに伝わり、駆けつけの重複を防ぐ。
・業務内容をメニュー方式で登録でき、介護ソフトに自動連携。
・遠隔操作が可能な見守りカメラでスタッフの負担を軽減可能。駆けつけ前に入居者の状況を確認でき、転倒なども早期に発見。
・バイタルセンサーの異常時、スマホに通知が届き、その場でバイタルデータを確認可能。
井澤社長は今後、本格的な病院の市場へと活躍のフィールドを広げ、社会への貢献を拡大することを目指している。そして、来るべき更なる超高齢化社会に果敢に挑戦する、iSEEDの動向が注目される。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
スポーツの楽しさを伝える“伝道者” を目指す
1981年に創業した、複数のテニススクールを展開するロングウッドスポーツ。一般社団法人日本ほめる達人協会が提供する資格「ほめ達」の認定をいち早く取得するなど、積極的に独自の取り組みに力を入れている。スクール生を「ほめて伸ばす」というスタイルで、ハードワークを重視する従来型のスクールとは一線を画している。その真摯な指導方針に対して、熱心なファンも少なくない。
川本代表がテニススクール運営において重視しているのは、「ほめ達」に加えて、「テニスは楽しい」とスクール生に感じてもらうことだ。それには「ほめ達」をベースにして、コーチ陣を中心にその楽しさを積極的に伝えていく必要がある。
「どうも世間のスクールには、『習い事は生徒を上達させなければならない』という価値観が強過ぎる印象があります。もちろん受講料をいただいているので上達するのは理想ですが、それ以外にも経験を積む、物事を知る、コミュニティーを作る、仲間ができるといった色々な要素、魅力があると思うのです」
テニスがうまくなりたいと思うスクール生もいるだろうし、楽しく遊べるレベルになれればいいと考えるスクール生もいるだろう。
「だからコーチ達には、『テニスの指導者ではなく、〝伝道者〟になりなさい』と言っています。せっかく教えているのだから、テニスを嫌いになってしまったら残念です。スクール生の『上達したい』『楽しくやりたい』という要望をすくいあげて、『イベントを紹介するなど二次的なニーズに繋げていきなさい』と常々伝えています」
テニススクールは「ほめ達」を軸足にして、新しいスタイルが構築されてきた。それに続く第二、第三の柱として、スイミングスクールやサッカースクールにも力を入れ始めている。スイミングスクールは「健康」をキーワードに、新しいスタイルを打ち出そうとしている。「健康ポイント」を付与するという取り組みで、プールに来たら1ポイント、何往復か泳いだら1ポイントというよう、スクール生の努力に応じてポイントをプラスする。機械処理ではなく、スタッフが対面でポイントを付与する点がミソだ。会話が増える上、スクール生のモチベーションアップにも繋がる。このように工夫を凝らすことで、「楽しくロングウッドスポーツに通っていたら、いつの間にか健康になっていた」とスクール生に言ってもらえることを理想としている。
「某経済ドキュメンタリー番組の取材を受けることができた時が、企業が完成する時だ」と冗談ぽく語る川本代表だが、その壮大な夢が現実するのも、意外に遠い日のことではないかも知れない。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
マンションを〝より良い場所〞にする管理組合の強い味方
ベタープレイス株式会社は、マンションに適切なマネジメントを行うマンション管理の総合コンサルタント。管理の内容やコストの見直し、管理組合運営・基幹事務のサポートなどを行い、管理のプロであるマンション管理会社と、住民の中から選ばれたマンション管理組合の執行機関である理事会との知識差を埋める心強い味方だ。
顧問契約は基本料を月額3万円と設定。「これを課題解決にかかる必要な経費だと捉えてもらえるようになりたい」と廣居代表は語る。
「人間と同じくマンション管理にも健康、不健康があります。コンサルティング料はマンションを健全な状態にするための治療費。我々はプロの目線からマンション管理を健全化する病院のような存在です」
長期契約になるほど安定的な利益は見込めるが、「伴走型ではなく外科手術を施すような存在でありたいです。長期になり顧問料が嵩みお客様に不満が出ては本末転倒。課題を解決し早く切り上げることで喜んでいただきたい」という。
同社起業時に、マンション理事会アプリを開発、無料で提供している。このアプリでは発議された議案に対し回答期限を設定、クラウドにアップされた資料を共有・閲覧して検討し賛否を投票できる。非対面が基本のコロナ禍では大いに活躍した。対面の理事会に戻った現在もクラウドやメッセージによる理事会審議を経験したことでアプリの利用は続けられ、議事録の保存や管理規約の確認等に活用されている。
加えて、各自に対し能動的に議案やメッセージが上がるプッシュ通知機能や見落としを知らせるバッジ機能がある。受動的な姿勢の出席者が多い理事会において、この機能は大きな利点だ。
「多様な価値観が集うマンション管理組合で、一方的に答えを突き付けてはいけません。お客様の選択肢を増やすことが当社の仕事なのです」と廣居代表。
マンションを住居に選ぶ理由の1つに、エントランスや共用廊下の掃除や管理員の存在、将来の修繕に関する計画的な積み立て、セキュリティ面などの懸念が戸建住宅より少ない〝安心で安全な生活〟がある。管理会社がなければ、それらの管理を全て管理組合側が行わなければならない。そこで重要になるのが同社の存在。管理会社が「相手側は素人の集まりではない、きちんと査定や判断がされる」と行動を改める。
「当社は管理会社に迎合せず、しかし嫌われず、煙たがられるくらいが丁度良い。管理会社からもより良いサービスを提供してもらえる付き合い方をしたいですね」と廣居代表。同社は管理会社に緊張感を抱かせる、そこにいるだけで抑止力となるような立場なのだ。
廣居代表は今後もマンションを〝より良い場所〟にするために邁進する。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
社員主導の運営で公に貢献する企業を作る 暑
e‐group株式会社日本エコジニア。創業者は、アーティストであり著書も発表するなど多才な渋谷巧氏。2006年、19歳の頃。自身も職人として現場で働きながら、若い労働力が欲しい建設現場と力を持て余した若者をマッチングするビジネスを開始。
2009年の勤務先倒産に伴って、日本エコジニアを設立。マッチング事業で管理していた人材をそのまま登用し、解体工事を行う業種へ転換した。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しホールディングス化。2024年現在は解体業を中心に、総合不動産業、イベント・広告、保険会社など14社を運営する大規模なグループとなっている。
同社の売り上げは、約95%が飛び込み営業。顧客の元へ赴き説明するだけでなく、営業担当個人を丁寧に売り込む血の通った営業。これに注力するのも、社員の人柄や力を信じ、舵を委ねているからこそである。
同社の方針は〝3つの企業理念の持続的な達成〟。1つ目は〝次世代の先駆けとなり若い可能性を広げよう〟。
「会社経営を通して若い可能性への教育を行っています。最後の学び舎は企業であり、当社で起きること、教わることが学びだと考えているのです」
2つ目は〝先進国企業としてのプライドを持ち世界の仲間と助け合おう〟。
「日本の経済のためにも、外国人労働者との多文化共生が必要になる未来が来ます。子どもたちのために共存共栄の風土を残さなければなりません」
同社には外国籍の社員も多く所属し、通訳同伴のもと無料で現場作業資格を取得できるようサポートしている。
3つ目は〝有難うで終われる社会を創るために人を思い人の為の企業であり続けよう〟。
「人のための企業であることが当社の基本的スタンス。どんな企業でも自分たちにできる社会貢献があると謳い続けます」
各地の企業や学校から依頼される講演会も意欲的に行っている渋谷代表。依頼を無償で受けるのは「経営者と若者に対する啓発を行いたいという気持ちが強いためです」という。
「営業所を展開しながら、社員や世の中が望めばNPOも視野に入れ経営して行きます。引退後は経営者としての功績を羽織って、ギター1本で子どもたちの勇気を啓発できるような講演活動をして生きて行くのが私の夢です」
命の終わりを目の前にして奇跡的に生を繋ぎ、生きた意味を残そうと走り続けてきた渋谷代表。彼は「過去も、身に降りかかってきた災厄も、考え方一つで神の思し召しに変わるかもしれません。それを転機にできるかが重要なのです」と語る。
渋谷代表が今を生きる奇跡は、子どもたちが希望と夢を抱く転機になる。そして、先人たちが命を懸けて繋いだ軌跡を更に遠く繋げて行くものだろう。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
コピーライティングが生み出す、個人・企業の成長と社会の幸福
コピーライターであり株式会社コアリヴィールの代表取締役社長、衣田順一氏は「コピーライティングとは、売上を伸ばすための仕組作り、新規事業の創発、個人の強みを売れるようにする技術です」と語る。
「当事業は、経営者から一般社員、個人にコピーライティングの技術を正しく広め、『売れるコンセプトを創造する力』を身に着けていただくためのサポートです」
衣田社長は、ノウハウを誰もが使えるように原理原則をクリアにし、再現性のある技術として確立。その技術の代表例、広告の文章の訴求力を採点できるPMMセルフ評価シート。文章の良し悪しを客観的に判断でき、同時に項目ごとのスコアを見ればどこを改善すれば売れるコピーになるのかもわかるのだという。
PMM(Product Market Matching)はコピーライティングの核心となる概念。具体的には、提供する価値と市場のニーズを合致させることだ。
「どのような問題を抱える人が対象顧客か?」、「提供する商品・サービスが類似の他社とどのように違うのか?」、「購入するとどんな良いことがあるのか?どんな変化が期待できるのか?」
この3つの要素(PMM)をクリアにし、顧客に伝わる的確な言葉で表現することで、価格で比較されるだけの商品・サービスから、その価値が認められ、求められる商品・サービスへと生まれ変わるのだ。
衣田社長が生み出した、客観性があり再現性を高めるツールは他にもある。読み手を惹き付けるインパクトのある見出しに必要な8要素BTRNUTSS (バターナッツ)、説得力がある文章の基本構造を体系化したPASBECONA(パスビーコーナ)、売れるコンセプトメイクのためのPMMサーチシート、それを個人に当てはめ、個人の強みを定義するAMM(Ability Market Matching)サーチシートなどだ。
「コピーライティングの原理原則が明確であれば、AIにも再現できるのではないか?」
衣田社長は、独自にプログラミングしたコピーライティングAIを開発。その過程でAIにできることと、人間にしかできないことがクリアになったという。
衣田社長自身が作ったメールマガジンの見出しと、AIが作った見出しで反応をテストしたところ、衣田社長の見出しの方が反応は良かったが、その差はないに等しい僅かなものだった。
「題材を与えられて書くだけの仕事は、AIで十分に対応できますが、何を伝えたいのかを決めるのは人間です。AIが出す候補から、自分が伝えたいことに最も近いものを選び取ることも人間にしかできません。つまり、どう言うかの部分はAIである程度対応できますが、何を言うかの部分は人間にしかできないのです」
衣田社長が取り組むコピーライティングという技術の啓蒙。それが個人の、ひいては社会全体の幸福へと繋がっていく。
福祉事業の新たなビジネスモデルの確立を目指す
障がい者のグループホーム運営という福祉事業を手掛けているサンステイ共生福祉株式会社。代表の津山謙氏は学術研究者の道を歩みつつ、国会議員の政策秘書として国会に勤務。企業経営をしつつも大学で教鞭を取るなど異色の経歴の持ち主だ。現在3つの自治体にグループホーム13棟と相談支援事業所を運営するまでに規模が拡大している。
障がい者のグループホームとは、障がいを持つ入居者数名が共同で生活する施設=家のこと。より健常者に近い日常生活が送れるよう専門のスタッフがサポートし、就業を通じ、社会人の一員として地域に貢献できるよう取り組んでいる。
サンステイでは、大きく3つの点を重視している。1つ目は『利用者(入居者)が安心して満足できる生活が送れる環境を提供すること』。従業員のスキルアップも含め、その質の維持・向上に留意している。
2つ目は、『従業員が働きがい、生きがいを感じられる職場にすること』。従業員のやる気がなければ、質の高いグループホームの運営は難しくなる。質の高い支援サービスを安定的に提供することで収益性も安定し、ひいてはそれが従業員の生きがいに繋がり、やる気を生み出す。
3つ目は、『地域コミュニティーの一員として、社会に貢献すること』だ。
「利用者の満足度が高まれば定着率も高まります。同時に従業員の満足度が高まれば離職率も下がり質も担保できます。それらの結果として収益がついてくるはずです」
入居者の様子を見ていると、まるで第2の実家で暮らしているかのように、心配事も無く日常生活を過ごせているようだ。
運営施設は今後、年ごとに倍増させていく計画を立てており、人員の規模も売り上げも倍増する見通しである。
しかし、「一番重要なのは、支援サービスの質です。規模拡大は、きちんとした一定の質のサービスを確保し、提供するために行います。どれくらいの比率が最も適正なのか、試行錯誤の連続ですが、そのベストミックスの配分、理想像はある程度、見えつつあるように思います」という。
政策秘書として国政に携わっていたため、障がい者に関する法整備についても知見はあった。一公務員の立場から、様々な課題が山積していることを認識していたという。
「今は民間人として、事業者の立場から障がい者福祉についてリアルな実態を痛感します。行政府や立法府が気づいていない課題、齟齬、矛盾などが多々あるのです。今後はそういった現場の声も国政に伝えていけたらとも考えています」
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
社員が愛されていると知り、新しいビジョンを抱ける職場 社員
溶融されたプラスチックが、射出成形機に取り付けられた金型に注入され、ロボットの手が小さなランナーを摘み出す。その両端にある小さなパーツが、日本の産業を支える部品である。これを製造しているのが大阪にある町工場、株式会社ダイプラだ。
代表取締役会長の大東章男氏は同社について「設計支援、製造などは全て当社が担当し、お客さんはイメージを出すだけで満足な製品が手に入る。そんな製造業でありながら、サービス業でありたいのです」と述べる。
同社はスーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)の導入に思い至り、ドイツ製のインジェクション成形機に巡り合う。
「全自動成形は横型、インサート成形は竪型に金型を開閉する必要があります。その機械は竪にも横にもなる夢のような機械です」
ある年、スーパーエンプラの最高峰PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)を使用する部品の製造について相談を受け、スーパーエンプラの受注は増加。同社はその技術を求められ、2008年に上場企業であるA社の傘下へ入り、大東会長はA社の役員とダイプラの代表取締役を務めることとなった。
一方、2011年にはダイプラの売却が検討され始める。特殊な技術に興味は持たれたが、技術面の知識を一手に引き受けていた大東会長は、A社の役員を任されている状況で売却は難航。ある売却先候補の企業では「大東さんがいないと意味がないから買いません」と言われ、A社の反対を押し切って、売却に先行しその企業へ勤めることに。しかし、売却時期が希望に沿わず、最終的に売買は実現しなかった。
そうしてとうとう、大東会長個人に対しダイプラの購入を提案される。大東会長は「ゼロから再スタートするのだから、スーパーエンプラに特化したい」と、営業担当者へ「損益などを鑑みて1.5倍から2倍の見積もりを引き合い先に提示しよう。そうでなければ会社が潰れる。難しいかもしれないが、粛々と見積もりをして受注が決まるまで頑張ろう」と伝え堅忍不抜の時を過ごす。
営業努力を続けると高い技術力を求められて受注は増え、苦心の末、〝スーパーエンプラのダイプラ〟と呼ばれるようになっていく。
大東会長が精力的に同社を導くことができたのは「素晴らしい社員とドイツ製の機械が揃い、スーパーエンプラを扱う。自分が作りたいと考えた会社を経営できること」がモチベーションになっているからだという。
大東会長は最後に「会社を一旦は手放し、4年後に買い戻すことができた道程には、現社長の森田吉彦氏、それにいつも私のやりたいことに協力してくれる事務所のメンバー達の尽力が、欠かせなかった。心からの敬意と感謝を表します」と付け加えた。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
適正価格で質の高い司法試験講義を提供する
加藤ゼミナールは、司法試験・予備試験合格のための通信教育を提供するオンライン予備校だ。2021年の開校から1年で司法試験の合格者110人を輩出。その翌年には212人と倍増を果たし、2024年はその合格者が300人を超える見通しだ。
オンラインで受講できるため、都合のいい時間帯に自分のペースで勉強が可能。受講料も同業他校に比べ、廉価な価格設定である。最大の特徴は、講義で使用するテキストを講師自らが作成している点。過去の出題傾向を精査しているほか、法改正など最新の情報を盛り込んでいる。
弁護士資格を持つ創業者の加藤喬代表が受験生時代の自身の体験を活かし、時間をかけて独自のテキストを作り上げた。上位合格者を輩出している実績を見ても、出題傾向や学ぶべき項目など的を射た内容であることは明らかだろう。現在ではその数は実に50冊を超えるまでになっている。
常勤の講師陣は、加藤代表を含めて計4名。いずれも選りすぐりの人材、少数精鋭部隊だ。加藤代表も受講した入門講座のエキスパートである高野泰衡氏、経済法1位・総合5位の成績を取った加藤駿征氏、それからロースクール主席卒業の深澤直人氏の4人が講師を務めている。
加藤ゼミナールの強みは、オリジナルのテキストだけではなく、それを自ら書くことができ、さらにその中身を余すところなく受講生へ分かりやすく伝えられる優秀な講師が揃っていること。テキストの中身から、構成や表現に至るまで統一している予備校は珍しい。
加藤代表が常に心掛けているのは、「自分でものを作る、自分で情報を発信する」こと。自前でテキストを作成し、自ら講師を務めて受講生に有益な情報を提供するという仕事への気構えそのものと言ってもいいだろう。
2026年より司法試験のデジタル化が導入される。そうなると、「従来の予備校のあり方や勉強のやり方が激変する可能性がある」と加藤代表は言う。
「これから司法試験は従来の暗記型から、思考やリサーチ、文章作成などを重視した傾向の内容に変化していくと考えています。その変化に対応できるかどうか……予備校の存続もそれに関わってくると思います」
加藤ゼミナールは司法試験の予備校界において、オフライン(対面型)の第1世代、オンラインを導入した第2世代に続く、〝第3世代〟だと考えている。
同業他社からの注目度も高まっているようである。来たるデジタル化の波を乗りこなし、どんな第3世代の予備校像を構築するのだろう。その姿がどのようなものなのか、今から将来への期待は膨らむばかりだ。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
誠実な対応が人を集め、人を活かす環境を作る
「エンジニアのために」を経営理念として掲げるエンジニアの人材派遣会社、株式会社HAL。代表取締役の寺西信夫氏は、天野氏と共同経営者として同社を立ち上げた。
2011年の東日本大震災の際、関東では計画停電もあってシステムの開発が滞ることが多くなる。その際には関西での需要がより多いことを見込み、関西支社を立ち上げた。続けて中部支社、九州支社、北海道支社などを立ち上げ、現在は8支社を運営している。2024年には1200名を超える社員が所属するまでに成長した。
「数年後には従業員数2000名、売上高は100億円を超える見込みです。やっと、天野と交わした『上場しよう』という約束に手が届きそうなところまで来ました。2030年には上場を果たし、約束を叶えようと思っています」
寺西代表は〝エンジニアと3つの約束〟を掲げる。
1つ目は、〝エンジニアの満⾜度が第⼀〟。「エンジニアが満足することにより良い仕事ができ、良い仕事ができれば当社の評価も上がる。そのため、彼らが満足できる会社で在り続けたいです」
2つ目は、〝プロジェクト報酬の80%はエンジニアに還元〟。顧客からの報酬を明示し、8割を還元する、エンジニアが満足して働くことが出来る明確な給与体制を敷いている。3つ目は〝エンドユーザー、Sler案件中⼼〟。直接SIerの業務を紹介することでエンジニアの市場価値を最大化し、キャリアアップやスキルアップの機会を作る施策である。
同社の人材定着率は非常に高い。
「これから仕事を担っていくであろうAIや自動運転、スマートフォン。全てエンジニアが開発しているのです。エンジニア不足の世の中で、当社はこれからもっと成長して行きます」
フォローアップ体制の充実も、同社にエンジニアが定着する理由の1つ。採用をメインで行う人事採用部と、仕事先を探す営業部の2つに分け、双方からエンジニアをフォローする。たとえば人事採用部では、社内面談時に「担当の営業についてどう思いますか」などの本音を引き出す質問を行い、エンジニアの気持ちを汲み取る取り組みを行っている。
この際には「対応が早い」「やりたかった案件を引っ張ってもらえて夢が叶った」などの感謝の声がより多く届いている。
経営の上でも、人間としても「感謝することは本当に大切です。感謝の気持ちを持っていなければ人はついて来ません。これからもエンジニアのためを想い、感謝の気持ちを忘れず進んで行こうと思います」と語る寺西代表。
この誠実な人柄があってこそ、人が集まり、また留まって、HALは成長し続けることができるのだろう。
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宮崎・延岡市発の唯一無二の外食チェーンを展開
宮崎県延岡市発祥のラーメンである辛麺の元祖、株式会社桝元。九州を中心に、全国に68店舗(2024年9月現在)を展開中。辛麺を求める顧客で賑わい、確かな人気と存在感を放っている。
長曽我部隆幸氏が代表を務め躍進を続ける桝元は、『現場力』『企画力』『発信力』を大切にしている。現場力は、顧客と相対する店舗=現場で、どれだけ高いレベルの食事と接客を提供できるか。
「クオリティの高い現場力は、スタッフが生き生きと楽しく働くことで生まれます。そのために皆が気持ちよく働ける職場環境を構築することは極めて重要です」と話す。
企画力は、主に顧客を惹きつけるメニュー開発を担う力。各種メニューは、各店の店長やマネージャーが集まって行われる会議の中で考案される。
広報活動を担う発信力。知名度が増すにつれ、各種メディア媒体からの取材も増えているというが、「激辛を目玉とした企画だけはお断りさせていただいています」と長曽我部代表。「辛さを前面に押し出さず、全ての人に美味しい食事を提供したいという想いから。激辛が全面に出るのは桝元のコンセプトから外れてしまうのです」
通常、外食チェーンは開店から1カ月の売上が1番多く、そこから徐々に下がっていくといわれる。しかし桝元は開店から売上が変わらず、開店2年目、3年目以降に売上の最高記録を挙げる店舗もある。「リピーターのお客様が確実にいらっしゃるということ。当社の3つの柱を日々実践するスタッフ皆の頑張りが確実に実を結んでいる結果です」
長曽我部代表が桝元を率いてから20年以上が経過。コロナ禍のピンチを乗り越え、更なる進化を遂げ、成長の道をひた走る。
「九州エリアで桝元ファンを増やすことが当面の目標です。郊外を中心とした店舗展開と並行して、首都圏など九州以外のエリアへの進出も徐々に進めていきます」
その先には、47都道府県どこにいっても辛麺屋・桝元がある全国展開、そして世界への展開。「延岡市という地方発の外食チェーンが日本中どこでもある世界を作ることができれば、延岡市民の皆さんの自慢にしていただけるかなと」
地元・延岡への愛着を人一倍持っている長曽我部代表は、「これからも延岡と共に成長し、延岡に少しでも恩返しがしたい」と話す。「取引業者はできるだけ地元・延岡の方にお願いしています。
現在心の中心にあるのは「感謝」の二文字だ。
長曽我部代表は「お客様への感謝、スタッフへの感謝、取引業者様への感謝、そして地元・延岡への感謝。皆のおかげで今がありますし、私も感謝の気持ちをしっかりと行動で示していきたいと思っています」と、今後も桝元を力強く牽引していく。
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ウェルビーイング検定」の普及で幸福度アップを目指す
法人や団体を主な顧客にするFPコンサルティング。岡崎謙二代表をはじめ、国家資格を有する複数のFPが在籍しているほか、全国におおよそ30人の提携を結んでいるFPがいる。契約を結んだ法人・団体に所属する個人は費用の負担なく、FPのサービスを受けることができる。
現在、40の法人・団体のFP顧問、約300社のライフプランセミナーを実施するまでになった。2022年には事業の発展継続を目的に、体験型投資学習アプリ事業などを手掛けるグリーンモンスター株式会社(今年3月に上場)と資本業務提携を交わし、同社の子会社となり、経営基盤がさらに強化された。
同社の特徴でもあり強みでもあるのが、「法人や団体を対象にしたFPサービスの提供」というスタイルだ。契約自体は同社と法人との間で交わすが、その団体に所属する従業員や職員も費用の負担なく、個人でFPサービスを享受することができる。
同社は「ファイナンシャル・プランニング」を活用した幸福な人生の実現を目指すという取り組みをさらに拡大するため、今年7月に独自の「ウェルビーイング宣言」を公表した。ウェルビーイングとは、「お金だけではない、その人にとって最適な持続的な幸せ」を指す言葉だ。5つのウェルビーイング(社会、身体、お金、地域、仕事)に関するコンテンツを制作。FPサービスを提供する企業として、新しい価値の提供に挑戦し始めた。
FPはお金だけではなく、それに「健康」「生きがい」を加えた3つの柱が必要だと言われているそうだが、その理想の形を追求していこうというのが、このウェルビーイング宣言である。
今年10月には、一般社団法人「日本ウェルビーイング連盟」を設立、11月には「ウェルビーイング検定」をリリースした。検定を取得するための講座を同社が提供するというビジネスモデルを構築し、過去に蓄積してきたノウハウを総動員することになる。企業のオーナーが検定を受け、それを社員に発信するという形も考えている。
「FPを活用して個人の金融リテラシー(活用する能力)が高まることで会社へのエンゲージメントが改善して、業績向上にも繋がる。結果的にみんなが幸せになり、経済の発展にも繋がる訳です」
同社が今後、目指す構想は壮大である。「我々はベンチャー企業。常に果敢にチャレンジしていくことが私の信条です。『ウェルビーイング』と言えば当社のことだと認識されるまでに、ブランドを構築していきたいと思います」と意気込みを語る。岡崎代表の胸の内には、米国で学んだ〝チャレンジ精神〟が今も息づいているようだ。
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沖縄から世界へ、“まぁーてる先生が笑顔と健康をお届け”
「正しい歯の咬み合わせと、食生活習慣が一生の健康を左右し、原因不明の病気をも克服できる可能性がある!ということを、1人でも多くの方に知ってほしいのです!」と語る、宮城歯科クリニックの宮城正照院長。
“まぁーてる先生”の愛称で親しまれ、彼の笑顔が診療に訪れる患者を前向きな気持ちにさせる。
クリニックでは、20年以上も前から頭痛外来、めまい外来、顎関節症外来、未病ケア外来、サプリメント外来を掲げて、エネルギーエアー吸入・磁気治療・顕微鏡による血液分析・全身のエネルギーバランスチェック・整体療法などを駆使した、歯科医院では考えられない極めて特徴的な診察を行っている。
まぁーてる先生は開業以来、“病気や症状の原因を徹底的に追及する”という理念を掲げ、実践してきた。問診票で過去の食生活について質問をした上で、患者の生の血液を1滴採取し、分析していく。
「血液が拡大されて映し出されたモニターを一緒に見ながら、血液状態を分析・解説していきます。これを見れば赤血球や白血球、そして老廃物などが一目瞭然です。患者さんの血液状態を見て、まず栄養学の面から食生活のアドバイスを行います」
さらに併用して行うのが、細胞エネルギー測定コンピューター“エントロピー測定機器”という最新機器ニュースキャンによる検査だ。細胞をコンピューターで解析し、直接的に全身の細胞エネルギーのポテンシャル、細胞の疲労度といった数値を計測、これによって全身の健康状態を把握する。“血液分析”と“コンピューター解析”、そして食生活習慣指導を合わせた“血液・人間ドック”。原因を追究し、正しい情報を収集し、最適な治療を施す。
まぁーてる先生は「現代医学の大きな問題点の1つは“首科”がないことです。歯の咬み合わせと首は連動していて、咬み合わせが悪くなると、顎の関節が自由に運動できず顎関節部分が凝ってきます。それに伴って首が凝り始め、血液が十分に脳に流れなくなって脳が酸欠状態を引き起こします。これが頭痛やめまいなどの症状としてあらわれてきます」と語る。また、「首の凝りが全身へもたらす影響は大きく、脳梗塞・心疾患などの大きな病気へと発展する可能性があると断言できます」と強調する。
「私が目指すのは未病ケアと共に、病気の原因を把握し、元の健康な体に戻す“全科ドクター”です!」とキッパリ言い切る。
近年ではSNSからの発信にも力を入れるまぁーてる先生。宮城歯科クリニック公式YouTubeチャンネルも好評、TikTokのフォロワー数は8万6000人、Instagramのフォロワー数も2万8000人と絶大な人気を博している。ラジオ番組もリスナーから好評で、長年に渡って継続。さらに書籍出版や全国各地での講演、セミナー活動も依頼を受けて精力的に行う。
毎日とびっきりのまぁーてるスマイルで患者さんに笑顔と健康を届ける。全国、全世界のまぁーてるファンから愛される信頼のドクターだ。
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丁寧な説明を心掛け地域に根差した医療に努める
鈴木紀夫医師が院長を務める鈴木内科小児科医院。小児科と内科に加えて、訪問診療によって看取りまで患者を見守り、『ゆり籠から墓場まで』を体現している。
同院を訪れる患者は十人十色。乳児検診や予防接種などで訪れる乳幼児、発熱で訪れる児童など。発熱の原因はコロナウイルス、時期によってはインフルエンザが多く、溶連菌などの可能性も含めて検査する。大学時代に感染症班で研鑽を積んだ経験が活かされる分野だろう。
中年層の患者は痛風や糖尿病、高血圧などを検診で指摘されたために来院する場合が多い。高齢者は、糖尿病や高血圧、高脂血症などの生活習慣病を患っての受診が多いという。加えて、訪問診療や往診へも向かい、年齢や場所を問わず、様々な患者を救っている。
鈴木院長が啓蒙して行きたいと話すのは、「抗生物質の適正使用について」だ。厚生労働省から発表された『抗微生物薬適正使用の手引き』によって、細菌による感染症の治療や予防に効果がある抗生物質を処方しない医師が増えた。伴って、「治らない」という患者が同院を訪れることも増えたという。
また、コロナのオミクロン株は、初期のコロナウイルスとは違い肺にあまり親和性がなく、肺炎は起こりにくいと言われている。
「父はウイルス性の肺炎で亡くなりました。あの真っ白になった肺と、細菌性の肺炎を見間違えることはありません。現在コロナで患う肺炎は、菌によって併発したものです。そこを勘違いしているため、抗生物質によるアプローチができていないのだと思います。当院は、コロナやインフルエンザと併発する細菌性の肺炎にはさせないという自信があります」
現状、ウイルス性の病に対し抗生物質を処方するのは適切ではないと認識している医師は多い。
「しかし僕は、急性上気道炎の1つの原因としてコロナやインフルエンザウイルス感染があるのであって、細菌感染を除外はできないため抗生物質の併用はすべきだ、と考えています。この考えで抗生物質を処方することで、問題とされたことはありません」
感染症やそれに対応するための抗生物質の専門家である鈴木院長は、「抗生物質をウイルス感染の際に処方してはいけないわけではなく、患者さんに合う薬を処方することが適正使用です。自信を持って治療していますので、患者さんにはなるべく、初診から当院を訪れてもらいたいと思います」と呼びかけた。
医療は日進月歩し、スタンダードも移り変わっていく。日々進歩した医療の知識を学び、更にその意図を正しく理解し治療を行う。そんな、生涯勉強を続け、現役で働くと誓う鈴木院長の活躍は、これからも続いていく。
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患者に寄り添った診察で生活習慣病を防ぐ
おくやまクリニックの院長を務める奥山裕司医師は、開業に至るまで長年循環器内科、特に不整脈の分野に携わってきた経歴を持つ。
同院が標榜する循環器内科。不整脈を始め、心不全や狭心症、動脈硬化といった疾患のリスクとなり得るのが生活習慣病だ。運動不足や肥満、塩分過多や飲酒、喫煙といった生活習慣の乱れは、高血圧・高血糖やLDLコレステロール値の上昇という形で体に表れる。こうした体の異変の数々の中でも特に注意を要する病態が高血圧だ。
生活習慣改善のための第一歩とは自身の現状を把握すること。おくやまクリニックでは動脈硬化などの危険性がある患者に対し、まずは血管年齢の測定を実施。
奥山院長によると、血管年齢測定の原理といった、血圧に関する詳しい説明をしっかり行うことも治療の一環になるのだという。生活習慣改善において求められるのは、食事における塩分摂取量の減少、運動不足解消や服薬の継続だ。
生活習慣病は様々な疾患の危険因子となり得る恐ろしい病気だ。生活習慣病に対し、患者の支援に徹する奥山院長の姿勢こそが治療の糸口となるのだと感じさせられた。
また診察において、疾患を説明する際に図解を直筆する点にも、奥山院長の患者を大切に想う気持ちが表れている。このような細やかな思いやりが功を奏してか「通院患者も増えてきた」とのこと。奥山院長の想いが患者にもしっかり伝わっている証だろう。
こうした他者への理解を忘れず、そして常に他者の気持ちを慮りながら診察を続ける奥山院長に、同院の今後の展望を伺った。
「150年続く老舗のお菓子屋さんがあります。『ずっと変わらない美味しさだ』と評判ですが、実は時代ごとに、お客さんの味覚に合わせて味を改良しているのです。医療もこれと同じだと考えています。患者さんの医療に対する意識や、医療のレベルは30年前と現在では大きく異なっています。『また先生に診てもらいたい』と思っていただけるようなクリニックにするためにも、時代ごとのニーズに合わせて変わっていかなければならないと考えています」
生活習慣病やそれらが引き起こす循環器疾患は、いまや生活の身近に潜む存在となっている。だからこそ患者の人生に寄り添った伴走型支援で、時に励まし時に勇気づけてくれる奥山院長のような医師が今の時代に必要とされているのだと感じさせられた。
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迅速な診療と通いやすい立地で多忙な人々の毎日をサポートする
医療法人社団ミレナ会日暮里内科・糖尿病内科クリニック。竹村俊輔理事長・院長は、「日々の生活が忙しく、通院を諦める患者さんがいます。そんな患者さんたちの生活に寄り添えるように、通院しやすい場所、土日の診療に加え、スムーズな診療を特に心掛けています」と語る。
同院へは30~70代と幅広い年代の糖尿病患者が訪れる。一般的な病院では1時間も待たされることがある尿・血液検査による糖尿病の有無の確認が、同院では早ければ1分程で完了する。極めて短時間で検査結果が出るため、その後の診察や、糖尿病だった場合の治療の方向性もすぐに決定できる。
治療法は3つ挙げられる。まず、インスリンを直接取り込む、あるいは調節するために薬剤や注射を用いる治療法。これを、血糖値上昇の大きな原因となる炭水化物などの摂取を調整する“食事療法”や、ウォーキング等の有酸素運動により血糖値の低下を目指す“運動療法”でサポートする。
生活習慣病である糖尿病は、患者が自らの状態を理解し積極的に治療に携わることが重要だ。また、2型糖尿病は環境因子による発症が多いため、患者とのコミュニケーションによって日頃の生活や現在の体調などを具体的に聞き取ることが肝心となる。
「しっかり治療を継続してもらわなければ、糖尿病の治療は難しいのです。そのために、合併症の説明をして怖さを分かってもらう。そして、治療によって症状が改善して来た部分や、数値の変化を提示するなど、成果を見せて患者さんの意欲を引き出すことが大切です。コミュニケーションによって、患者さんが治療に協力してくれるようになると嬉しいですね」
同院は患者が自覚していない生活習慣病にも対処するために、様々な診療科目を設けている。その1つが“禁煙外来”だ。喫煙は肺がんを始め、脳卒中など様々な疾患の原因や死因と成り得る。そのため、禁煙外来ではパッチ剤を用いてニコチンの依存を減らしていくなど、患者が禁煙できるような手助けを行っている。
“いびき外来”で診察するのは、睡眠時無呼吸症候群。重症の場合は、気道に空気を送るCPAP療法によって対処を行う。
他にも発熱外来やアレルギー外来、AGA(男性型脱毛症)診療、美容注射と、人々の暮らしに身近な診療科目を多く揃えている。診察の機会を増やすことで、潜在疾患を見つけやすくしているのだ。
同院は平日が仕事で忙しい患者のために、土日祝の診察を行う。実際に予約は、休日の診療に集中している。
多忙な人々のニーズを満たす、万全の体制が整う日暮里内科・糖尿病内科クリニック。竹村理事長はこれからも患者一人ひとりと向き合い、生活に寄り添った診察を続けて行く。
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予防医療に注力し、日本の健康寿命延伸に寄与
UnMed Clinic Motomachiで“アカデミック開業医”として日々診療に当たる髙倉一樹院長。
開業し注力したのは、スペースに関係なく、そして地域を問わずに受診できるオンライン診療。開業当初から続く禁煙外来に加え、現在はメディカルダイエット、コロナ後遺症や不眠外来をオンライン診療にて行っている。
「喫煙や肥満は、がんや脳梗塞、心筋梗塞といった重大な病気に繋がります。予防医療には欠かせない要素であると考えています」
健康寿命を延ばすための予防医療にも力を注ぐ同院。患者は働く世代が中心で、男女比としては更年期障害の相談ニーズがあり女性が多い。2024年は毎月1000人以上の女性患者が更年期障害で同院を受診したという。
また髙倉院長は、「更年期障害だけではなく、過敏性腸症候群やコロナ後遺症も自律神経障害の一種です」とも。様々な症状を招く原因となる自律神経を整える手段として、髙倉院長が、「予防医療を語るのに欠かせない」という漢方の処方も挙げられる。
自律神経を整え症状を緩和する漢方に関しては、自身が勉強会に参加し、様々な症状に対応できるよう学んだ。
他にも同院では、がん予防外来の中で、唾液によって簡単に6つのがんをチェックできるSalivaCheckerを、腸内フローラ外来の中で腸内細菌叢を調べることができるMykinsoをそれぞれ導入している。「腸内環境は、全身の様々な病気との関連が指摘されており、自身の腸内環境を知ることも予防医療にとって重要です」
オンライン診療の患者も多い一方で、もちろん外来患者もひっきりなしに訪れる。実際患者と相対する中で、髙倉院長は、患者の髪型や顔色など、小さな変化を見つけることを得意としている。たとえば患者の姿勢が普段と違えば「首が痛い?」などと問いかけ、小さな違和感を探る。患者の様子を素早く掴み、的確かつスピーディーに対応するのが彼の外来における診療スタイルだ。
こう力を込めて話す髙倉院長は今後、YouTubeチャンネル開設やテレビ出演などのメディア露出も視野に入れ、「オンライン診療を駆使して、地域だけではなく、全国の医療ニーズに応えていきたい」という。
「当院で力を注ぐ予防医療を今後も広く提供し健康寿命の延伸に寄与すること、医療費を抑え労働力を高めることで、結果的に国力アップへと繋げたい。医療から社会問題に貢献できれば、私の存在意義も出てくると思うのです」
髙倉院長は、これからも患者一人ひとりと向き合い、研究を続け、最先端のエビデンスに基づいた医療を提供する活動に尽力していく。
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患者に寄り添い地域に貢献するクリニック
加藤大也医師が院長を務める、たいや内科クリニック。糖尿病、生活習慣病、甲状腺疾患を診療の柱としている。同院の糖尿病治療で最も特徴的なのはインスリンポンプ療法だろう。クリニックの外来で導入が行えるのは、優秀なスタッフが多く在籍し、チーム医療が完成しているからだ。
同院の構造は豊田厚生病院を意識した診療環境だ。多目的室では、糖尿病教室や講演会、1型糖尿病ミーティングなど、糖尿病末期患者をゼロにするための啓蒙活動を行う。また、発熱患者の隔離、運動療法などにも活用されている。
キッチンでは管理栄養士を中心に、栄養価が高い有機野菜や、季節の食材を使った料理教室などを開催。食事と医療の関係は深く、特に糖尿病において「食」は、大切な要素であり、学ぶ機会は重要だ。
フットケア室では糖尿病で重要な足のケアを行う。患者が深爪や巻き爪、たこなどに自己流で対応した場合、感染し壊疽が出てしまうことも。そのため、特殊な講習を受けた看護師が指導や足のケアを行っている。
検査機器は、筋肉量が測定できる体成分分析装置も導入している。特に高齢者は筋肉量の減少が続くと寝たきりになる場合もあるため、計測結果によってはタンパク質を摂取するよう管理栄養士が栄養指導などを行う。また、糖尿病の代表的な合併症に網膜症があるため、AIが診断する眼底検査も実施している。
エコー検査を行える臨床検査技師も常駐。内科の患者を受け入れ、エコー検査や採血等で即刻診断。必要ならば基幹病院へ救急搬送している。
今後は、さらに基幹病院並みの検査機器を導入する予定だ。加藤院長は「検査の当日に結果を出し、そのリアルタイムの検査結果で適正に患者さんにアプローチを行う」ために決断した。決断の背景としては、基幹病院の事務長経験者が事務長として入職したことも大きい。
東海3県の小児1型糖尿病患者を対象にした糖尿病サマーキャンプにも同院のメディカルスタッフと共にボランティアスタッフとして18年以上参加を続けている。孤独感が多い1型糖尿病患者にとって、同じ病気を持つ仲間と過ごすサマーキャンプは貴重な経験、かけがえのない機会になるという。また患者だけでなく、現状に不安を感じている患者家族を集めての、1型糖尿病患者会も近隣クリニックと合同開催。
加藤院長は「自分1代だけでなくその風土を、未来に継承して行きたい。また次世代に継承するためのシステムや共感を得られる人材を探し、未来に残せるよう考えて行きたいです」と語る。
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移植手術も数多く手掛けた手腕で信頼の医療を提供する
外来、在宅医療、人工透析を三本柱に据え、高齢者から幼児まで幅広く診察する樋口医院。院長を務めるのは、腎移植や肝移植に従事するなど多くの経験を積み、父から同院を引き継いだ樋口濃史医師だ。
現在のスタッフは、樋口院長を筆頭とした7名。様々な医療機器も取り揃えた充実の体制を敷いている。その1つが超音波式ネブライザー。超音波により薬液を霧状にして気管支や肺へと送り、喘息などの症状に対応する。他に、整形外科的な治療に用いられる腰部牽引機や頸部牽引器、温熱療法、患部に電気を流して痛みを緩和する中周波治療器、高齢者に多い骨粗鬆症対策となる骨密度測定器などを用意している。
同院に小児患者が多いのは、通院する祖父母と訪れる場合に加え、小児科を標榜し予防接種を実施していることも理由の1つだろう。ウイルス性の病が流行する歳寒の頃が近づくと多くの子どもが訪れる。
2001年から行う人工透析は府立医科大学病院に勤めていた頃の後輩医師が担当している。腎臓のエキスパートが責任を持って治療を行う、安心できる環境だ。
同院がある地区は高齢者が多いため、週の半分は外来を患者が集中する午前中のみとし、息をつく暇もなく在宅医療のために同院を飛び出していく。在宅医療は13時から19時、診察の都合によっては20時まで患者宅を巡るハードなスケジュール。また24時間365日の往診も必要になる。深夜でも患者やその家族から連絡があれば、即座に往診へと向かわなければならない。
在宅医療に当たる医師は院長と金沢医師の2名のみ。医師それぞれが中心となって、2チームに分かれて東奔西走している。
樋口院長は「在宅での治療は、病院よりも治療や検査が限られているので、医療としては劣ると思います」という。しかし、「お家の魔力といいますか、病院で予後1カ月と言われ食事も摂れなかった方が、在宅では家庭の味に触れたおかげかご飯が食べられるようになることもあります」と柔らかい表情で、在宅医療ならではの効果を語る。
在宅医療の現場は繊細で難しく、開業医が請け負うには日毎の負担が大きいように感じられる。しかし、入院などせずに自宅で最期を迎えたいというニーズは多い。少子高齢化社会と長寿化が進む日本にあって、在宅医療のニーズは更に高まっていくだろう。
ますます需要が増すだろう在宅医療だが、医師の長時間拘束や患者の看取りも多く医師にとって辛い現場でもある。樋口院長は、「力を尽くした末に患者さんをお看取りすることもあります。それでも、ご家族の方が納得されて、『ありがとう』という言葉をいただけたら」と強い気持ちで日々で向き合い続けている。
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全方向で眼科医のあらゆる可能性を追求する
横浜けいあい眼科の代表を務める清水映輔氏。ドライアイや眼のアレルギーを専門にしており、自己免疫疾患関連の重症な事例について、多数の臨床研究や基礎研究の実績がある。
様々な得意分野を持つ複数の医師が在籍している同院。異なるスキルを持った専門医がチームを作り、あらゆる治療に取り組める体制が大きな差別化になっている。
診療できる内容は一般眼科をはじめ、まぶたの手術、日帰り白内障手術、レーザー治療、多焦点眼内レンズ、小児眼科、低侵襲緑内障手術、眼鏡・コンタクト処方、近視進行抑制などと実に多種多彩である。検査機器も大学病院に引けを取らない設備体制だ。
同クリニックのウェブサイトには3つの大きな特徴が掲示されている。1つ目は「地域の眼科でありながら専門的な医療を提供」すること。2つ目は「さまざまな日帰り手術に対応」する体制。複数の医師がいるため、手術日も複数日設けることが可能。患者の利便性も高まることになる。
そして3つ目は「多言語対応・土日祝対応」である。英語対応できる日本人医師のほか、外国籍の医師もおり、外国からの患者にも応対できる体制が整っている。事実、外国人患者からの評価も高いようだ。
追求している個所は、全て患者の満足度向上に繋がる要素ばかりである。「患者さんの満足度を高めるため、我々ができることを増やす努力を続けるという姿勢を大事にしています」と語る清水理事長だが、スタッフがスキルアップすることで患者満足度が高まり、「それが行く行くは従業員の満足度向上、やりがいに繋がれば」とも考えている。
「世界の失明を半分に」という目標を掲げ、慶應義塾大学医学部発のベンチャー企業として立ち上げたOUI Inc.(株式会社OUI)。この会社は、スマートフォンを活用した携帯できる眼の検査機器を提供する活動を行っている。「Smart Eye Camera」と呼ばれ、眼科専門医の立場から開発・実用化した医療機器である。手持ちのスマートフォンに取り付けるだけで、既存の「細隙灯顕微鏡」と同様に、眼瞼や角結膜、虹彩・水晶体・硝子体などを観察し、白内障など眼科疾患を診断することができるという。
従来は医療機関へ行かないと難しかった眼の検査を、屋外でも手軽に受けられるようにした点が画期的だった。診断だけではなく、専用のアプリケーションによる画像ファイリングシステムを用いることで、眼科の遠隔診療も可能になる。
清水理事長にとって、マルチタスクで多才な活躍が続けられる眼科医という次代の新しいスタイルは、理想の仕事像のようである。
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「パラレルケア」に基づいた緩和ケアでがん患者のQOL向上を目指す
白石好医師が院長を務めるゆきはな診療所。訪問診療の際には、白石院長、看護師、薬剤師の3人でチームを組み、患者宅を巡回していく。
外来診療では「がん・緩和ケア外来」を設け、治療継続中の患者から在宅医療への移行を考えている患者まで幅広く対応。また、家族との面談も実施している。
訪問診療、外来診療の両方において、対話を通じて相手の想いを引き出し、受け止めることを重要視している白石院長。その理由は同院のコンセプトとして掲げられている「あなたの人生を支える伴走者として」という言葉にある。
同院では『パラレルケア』という治療と緩和ケアを同時並列で行う考え方に沿って患者を支援している。
「緩和ケアといえば、患者さんの身体的苦痛を取るターミナルケアをイメージする方が多いと思います。しかしがん患者さんにとっては、社会生活やご家族、経済的な事情といった悩みも苦痛の1つです。そのため、たとえばがん治療で通院中の患者さんが抱えている悩みに対し、当院のカウンセリング外来で精神的支援を行うのも緩和ケアなのです。このように早い段階から患者さんの生活に寄り添い、看取りに至る最期の瞬間まで、患者さんが求める緩和ケアを行っていく。これがパラレルケアです」
パラレルケアの根底にあるのは「ナラティブベイスドメディシン(NBM)」という医療の考え方だ。
「これは患者さんの目線に立ち医療の方針を決めることを意味します。NBMにおいて、患者さんが自分の疾患に対して考えていることに寄り添い、時には共に悩み、患者さんの要求に応じることが医師には求められます。これは即ち、当院が掲げる『人生の伴走者』としての医師の在り方にも繋がってくるのです」
外来診療において白石院長が患者や家族との対話を重要視しているのも、NBMを遂行するためだ。そしてNBMに基づいた対話はアドバンスドケアプランニング(ACP)へと繋がっていく。
今後の展望として、ホスピスケア施設の運営といった事業拡張や、静岡県内のがん拠点病院付近での分院展開等を視野に入れているという。
「また、当院を実践的な教育の場として整備し、在宅医療や緩和ケアに興味をもつ若い医師や看護師、薬剤師等に、当院で働きながら学んでもらえるようにもしていきたいと考えています」と、後進の育成にも意欲的な様子を見せた。
患者が歩んできた人生のこれまでとこれからに寄り添い、最期の旅立ちの瞬間を素晴らしいものにすべく、今日も白石院長は患者やその家族の伴走者であり続ける。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
人と向かい合い丁寧な診療を行うためのこだわりの設備
高橋正時医師が院長を務める木場たかはし耳鼻咽喉科。同院では標榜する耳鼻咽喉科全般の診療を行う。周辺地域は幼稚園や小学校が点在し若い世帯も多い。またオフィスも多く昼休みや仕事帰りに立ち寄りやすい位置にあり、乳児から現役世代、高齢者までの幅広い年齢層の患者が通院している。
同院では対面での会話を重視するため、患者が事前のWEB問診で答えるのは診察を希望する部位程度。来院した患者は、まず問診スペースで看護師から薬のアレルギーやこれまでの治療などについて詳しい問診を受ける。
診察室では患者と向かい合ったまま、パソコンへ身体を向けなくても電子カルテを記入できる特別仕様。「患者としっかり向き合うこと」を大切にする高橋院長のこだわりが良く分かる。
また診察室では患者の納得に繋がりやすい“見える診療”を行うため、内視鏡で撮影した鼓膜や鼻の中の画像をモニターに映し説明できる最新機器も導入した。
高橋院長の専門である聴覚に関する検査機器と検査の環境に関しては、都内屈指と言われる防音室が大きな特徴として挙げられる。
「大学病院の精密検査室と同等の規模の防音室です。当院の防音室ならば騒がしい駅前にありながら問題なく聴力検査に集中することができます」
防音室内では2種類の機械を用いた聴力検査に加え、VR技術を駆使した最先端のめまい検査を受けられる。他に赤外線CCDカメラや重心動揺検査なども用いて総合的に判断。精度の高い検査を行える設備が整っている。
同院は完全予約制診療を行っている。
「鼻水の吸引や薬の処方だけなど継続通院をされている患者さんには“ファストパス”を発行し、予約しなくても診療を受けられるようにしています。予約でしっかり診察する患者さんと、簡単な処置だけの予約がいらない患者さんを分けているのです」
高橋院長は、日本耳鼻咽喉科学会が認定する補聴器相談医。補聴器を作成した後も定期的に適合検査を実施。患者の聴力や耳の形に合っているか、本当に聞こえる補聴器になっているかを確認している。「ちゃんとした補聴器を着ければしっかり聞こえるということを知って欲しい」と、高橋院長は熱く語った。
子ども用の検査機器として特徴的なのは、江東区でまだ2台しか導入されていないドロップスクリーン。指先の血液1滴で41項目のアレルゲンをチェックすることができる。
乳児から高齢者までの様々な患者に対し、丁寧に対応する高橋院長。温かいスタッフたちと共に、地域住民に対し丁寧な医療を提供している。その日々全身全霊で医療と向き合う姿勢が、子どもから高齢者まで、たくさんの人々の笑顔を生み出していくのだろう。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
質の高い医療を意識、患者の目線で診療に取り組む
アヴェニューセルクリニックの楊睿(ようえい)院長が得意にしているのは、「顕微鏡下でのリンパ管静脈吻合」を含めた、「リンパ浮腫」の治療だ。再生医療をリンパ浮腫の治療に採用しているのも、同院の特徴。
他院との大きな差別化のポイントは、商標・特許も取得している幹細胞の培養技術を確立していること。「TOPs細胞®」と呼んでいるが、これはクリニックと東大の整形外科との共同研究で培われた技術を用いて培養された、脂肪由来の幹細胞を指す。
同院では特殊な機器と手技を使って傷跡を残さずに腹部から脂肪を採取し、使用している。日本では自身の細胞を利用するため、リスクや副作用が極めて少ないことが大きなメリットだろう。複数回の治療をする上で、身体的負担も少ない。
同院は「TOPs細胞®」という独自の培養技術を確立。培養施設も自前で完備するという徹底ぶりである。「TOPs細胞®」のこだわりは、「低侵襲で適切な品質管理」である。細胞の採取も、特殊な生検針を使用することでわずか3㎜ほどに傷を抑えることが可能。縫う必要がなく、跡も残らない。これは特有の培養技術により必要となる組織量が少ないからこそ実現できている。
培養した幹細胞を治療に使用する際も、質の良い細胞を提供するための努力を惜しまない。通常は、培養した細胞を冷凍保存し、患者に投与するタイミングに合わせ解凍して使用する。しかしこれだと元気な細胞が少なく、一定数不活化してしまうデメリットがあるのだという。また、冷凍に際して細胞が死なないよう凍結防止剤を使用する必要があるが、副作用のリスクが報告されている。これらを解決するには培養したての細胞をそのまま使用する必要があるという考えに至った。
同院では患者が来院日から逆算し、冷凍保存しておいた細胞の“種”(採取した細胞を一定数まで培養させたもの)を解凍して、改めて培養を始める。治療当日に必要な細胞量まで培養し、再び冷凍保存はせず、そのまま患者へ投与するという方法だ。
この方法だと元気な細胞をより多く体内へ送り込むことができ、リスクも少ない。患者には大きなメリットだが、高度な技術や経験が不可欠な方法で、コストも相応にかかってしまう。
楊院長は「幹細胞の質はどこにも負けない自信があります。東大整形外科との連携で、技術やデータのアップデートもできるので、常に上質で最新の医療を提供できる体制が整っています」という。
真面目さの中にも、医師としての自負や矜持を感じさせる楊院長の言葉である。意欲的な新しい院長の下で、クリニックがどのように変貌を遂げていくのか、今後が楽しみだ。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
日々の美味しい食事を可能にする口腔インプラント治療を提供する
あだち歯科クリニックの足立真基院長は「人生の喜びである食事には歯が不可欠。口腔インプラント治療を当たり前に提供できたのなら、喜ぶ方も多いと考えています」と言う。
医療機器は衛生環境に配慮したクラスBの滅菌機や、嘔吐反射が強い患者も安心して型取りができる高性能スキャナーなど、最先端の物を揃えた。
同院では、麻酔による痛みのケアや、抜歯と同時にインプラント体を埋め込むことで短期間の治療を実現している。患者の心身への負担を軽減でき、診療代、材料費、部屋代、人件費を抑えられる。メンテナンスに通う患者に対しては術後3年間の長期保証があり、トラブルがあれば無償で対応を行う。
足立院長は、大学病院で行うような口腔インプラントの難症例も扱うことができる。上顎骨が足りない場合、サイナスリフト治療法を提案。上顎洞空洞を持ち上げ、その下に人工の骨補填材を充填、インプラント体を支える十分な骨を作る。本来は施術から骨が出来上がるまで4カ月程待たなければならないが、同院では骨造成手術とインプラント手術を1度に行い、少しでも歯がない期間を短くする対応も行っている。
他に、歯が1本もない場合や、費用面での不安がある場合は「短時間、単純な作業、安全」がコンセプトのIOD(インプラントオーバーデンチャー)を提案。上下に2~4本のインプラント体を埋め込み、インプラントと連結する入れ歯を装着。審美的な要素も改善し、天然歯に近い噛み心地を再現できるため、入れ歯が安定しない患者や、食事や会話に支障がある患者に推奨している。
口腔インプラントには、歯を失う原因として最も多い口腔内の感染症、歯周病も大きく関わる。口腔インプラントの施術後にメンテナンスを怠り歯周病に罹ると、歯が溶けて、インプラント体が抜け落ちる事態にもなりかねない。また噛み合わせの影響も大きく、足立院長は歯列矯正などを学ぶため、月1度は関西や東京まで足を運び口腔治療のセミナーに参加。新しい知識を吸収し続けている。
足立院長は母校の長崎大学にインプラント科の研修医登録を行っており、知識面やエビデンスについて、最先端を走る大学病院で情報収集をしながら日々の臨床に活用。また、セミナーや所属学会でも学び、必要なら最先端の機器を購入するなど、患者のための進化を続けている。歯科医師になるために苦労した経緯もあり、足立院長は「開業して院長という立場でいられることに感謝を忘れたことはありません」と語る。
謙虚で真摯に歯科医療と患者に向き合う足立院長。彼が全力で取り組む治療が、日々の美味しい食事という患者の幸せに繋がっている。
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人間本来の自然治癒力を高める合理的な手法
栄養療法治療を行う今泉栄養療法クリニック。人間が本来持っている自然治癒力に着目した療法で、食生活の改善やサプリメントなどにより、本来の健康な状態に戻していく。日本では知名度が低く保険適用にもなっていない。時間もかかる治療法ではあるが、自然治癒力を取り戻すことに主眼をおいているため、その効果は確かなものだ。
診察には十分な時間をかける。今泉基佐子医師は「患者さんとの対話はとても大事です。性格や生い立ち、家族構成、仕事の仕方などが症状に影響している場合もあるので、つぶさに拾い上げていきます」と語る。
栄養を十分に摂取できる環境を整えるのも不可欠な要素。「たとえば、ピロリ菌がいるとタンパク質やミネラルの吸収が悪くなり、腸内のカンジダ菌、水銀やカドミウムなどの有害物質、農薬などでも代謝が阻害されます。一人暮らしや体力のない人、忙しい人でも簡単な調理で栄養が摂取できるよう、管理栄養士がアドバイスすることも重要です」
心理的な要素が影響する場合も多い。消化管は緊張が解けた状態の時に活動が活発になる。緊張した状態でいくら栄養を摂ってもうまく吸収されない。「そこまで考えて処方するのが栄養療法。消化吸収能力を高める必要があるのですが、心理的なストレスを取り除くのが1番難しい」
今泉医師には将来の夢がある。「無限の可能性を持つ子どもたちに、栄養療法の価値を伝えていくこと」だ。行政や学校などと連携して、「栄養はこんなに大事な存在なのだよ」と知ってもらいたいと考えている。十分な栄養が必要な子育て中の母親にも、栄養療法は有益な手段である。「栄養療法に基づいて体質や生活を改善すれば、赤ちゃんの情緒も安定するし、子育ての負担も格段に軽くなります」
月に1回、クリニックのスペースを利用して、一般の人向けにセミナーを開いている。栄養療法の知識を基に、様々な話題を取り上げ、もっと関心を持ってもらえるよう情報発信の場を設けている。こうした勉強会も、栄養療法を広めるための取り組みの1つだ。
栄養療法を普及させることで、「散々辛い思いをしてから医者にかかる子どもの数を減らせるのではないか」と考えている。「健康で明るい未来を子どもたちに提供する取り組みを実現させていく」のが、今泉医師の大きな夢だ。理想論ではない、確固たる意思と知見に裏打ちされた、地に足の着いた現実味のある目標である。
気力も充実し、新たな挑戦が続く今泉医師だが、自分1人ではここまで来ることができなかったと振り返る。信頼できる強力なチームのバックアップを得て、今泉医師は自身の夢の実現に向かって、挑戦の日々を続けて行く。
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神経損傷の新たな治療法 人間が持っている自然治癒能力を有効活用
幹細胞を活用する再生医療とリハビリテーションを組み合わせ、神経損傷の治癒効果を高める新しい治療方法を手掛けている脳梗塞・脊髄損傷クリニック。総院長を務める貴宝院永稔医師が独自に考案した手法で、「狙った神経回路の治る力を高める治療」として「リニューロR」の名称で複数特許も取得している。
現在、主要都市に計6つの治療拠点を展開するほか、専門のリハビリ施設「ニューロテックメディカルリハビリセンター」も。また、研究開発を担う目的で、ニューロテックメディカル株式会社も設立。効果的な新しい治療方法の研究と、実際の臨床治療とをバランス良く推進するための体制だ。
「狙った神経回路の治る力を高める治療」を施す「リニューロR」は、治療には約4カ月を掛ける。幹細胞治療は、患者の細胞を採取、培養し投与する。神経や血管に対する治療では、骨髄の幹細胞が最も実績がある。採取した細胞は4~6週間かけて培養。投与は1カ月ごとに計3回実施する。もちろん幹細胞投与の際は、プレコンディショニングと同時刺激もセットで実施する。
幹細胞が出すサイトカインやエクソソームといった物質が作用し、損傷部分の炎症が治まり、神経の伝導や修復が促進されたりする効果がある。また、幹細胞自身が血管や血液を作り治癒に貢献する性質もある。効果の表れには個人差があるが、8~9割の確率で改善が見られるという。
取り組みとして重要視している点は、「治療方法の研究と、実際の臨床治療とをバランス良く推進すること」だという。
「リニューロR」治療の進化、提供できる仕組みや拠点を作っていくことが目下の最優先事項である。認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患、神経痛など慢性疼痛にもこの治療方法を応用し、精度を高めようとしている。
治療の進化という点においては「リニューロRドック」という、脳の状態や血管の状態、代謝物の状態などを調べて、「リニューロR」治療の最適化を図るという試みを進めている。これが体系的に確立できれば、特定の症状に対してよりピンポイントで効果的な治療を提供することができると考えている。
海外でも特許を取得している「リニューロR」療法。将来は世界規模でこの治療法を普及させて、さらに質を高めていきたいと考えている。「祖父は献血制度を作りましたが、私は細胞を提供してもらう『献細』制度を作りたいと夢見ています。臍帯血や幹細胞を提供してもらい、世界と提携しながらそれを利用していくのです」
行動力は人一倍旺盛な貴宝院総院長。人間の治癒能力を信じ、それを活用した新しい医療の開発、提供に挑戦する日々が今後も続く。
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健常児も障害児も問わず少しでもより良い身体に育てる方法を啓蒙する
松川昇平医師が理事長・院長を務める医療法人松川クリニックは、小児科の一般診療を中心に、子どもの発達に関する診療と相談を行う。また、父の武平医師が設立した病児保育園も併設している。
同院では発達に問題がある子どものため、臨床心理士によるカウンセリングを行っている。一人ひとり異なる不調の原因を探り、体だけでなく心の問題も解決すべく相談に応じている。
赤ちゃん発達外来も設置し、乳児の発達を促し健康な子どもに育てられるよう、助産師の協力も得て適切なアプローチを行っている。3階の広いフロアにマットを敷き、発達状態を確認。1つの発達段階でも、定期健診では及ばない部分まで丁寧に確認する。発達段階は、全てを経ることで体幹、手や足で身体を支える力、五感、固有受容覚やバランス感覚に大きく関わる前庭感覚など、必要な身体の土台が作られて行く。
離乳食も乳児それぞれの発達段階に合わせて与える必要がある。食事を拒否する傾向にある乳児は、上手く座れない、口が使えない段階であることが多い。無理に食べさせようとした場合、親は疲れ、乳児も食事が嫌いになってしまう。
「発達の段階によっては、月齢に関わらず『まだ離乳食は始めなくて良い』と話しています。一般的な育児の固定観念ではなく、発達段階を理解することで楽しい育児をして欲しいですね」
重度の障害児は、薬の処方や気管アクセス用のデバイス交換などのため、毎月病院を訪れる必要があり、家族はその度に1日を病院に費やすことになる。呼吸器などのデバイスが必要な患者の場合は、車に積み込み移動するため更に負担が大きい。新生児医療に携わった勤務医時代から「退院後も障害児たちのサポートを行いたい」と考えていた松川院長は、2022年に本格的に小児専門の訪問診療を開始。現在は週3回、通院が困難な子どもの診察を行っている。
胃瘻などで食事ができない患者には、多くの栄養素を摂れるミキサー食や漢方薬、腸内環境や免疫機能を整えるためのサプリメントを提案することもある。松川院長は「腸内環境はアレルギーや自己免疫疾患、生活習慣などの病に加え、発達障害や精神障害にも繋がります」という。
松川院長は障害児を預かるデイサービスを開設したいと語る。
「まだ数が少なく、社会のニーズに十分応えられていない状況だと思います。少しでもご両親の負担を和らげ、社会復帰のための手助けもしたいと思います」
子どもたちの健やかな成長を願う松川院長の考えが広がることが、ひいては社会全体が健全に成長することに繋がって行くのだろう。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
在宅医療の現場で探偵のように患者の病巣を見つけ出す
日本でプライマリケア医(総合診療専門医)はまだ少なく、約700人ほどしかいない。その中で、京都府大山崎町にある「天王山草野クリニック」を運営する草野超夫院長は、在宅医療を中心に、幅広い診療を行う総合診療のプロフェッショナルである。日本の医療制度では専門科に偏りがちだが、草野院長は患者の生活背景や環境を理解した全人的な医療を提供している。これにより、専門的な治療が難しい患者に対しても柔軟に対応し、回復を可能にしている。
草野院長が掲げるのは、患者一人ひとりの信頼関係を築くこと。外来診療や在宅医療を通じて、患者の背景や家族の事情を把握することに力を入れており、より深く患者の状態を理解することができる。また、在宅医療においては、薬の見直しやリハビリの重要性を強調し、患者が元気を取り戻す手助けをしている。
リハビリや生活改善を通じて回復した患者も数多い。草野院長が「リハビリこそが回復の鍵」と信じ、患者の能力を最大限に引き出す医療を実現している。
さらに草野院長は、患者が求めているのは単なる治療だけでなく、心のケアや「娯楽」であるとも語る。患者が元気を取り戻し、生活の楽しみを取り戻すことこそが、医療における最終的な目標であるという考えを持ち続けている。医療行為を通じて、患者が笑顔を取り戻す瞬間にこそ、医師としての本当の喜びを感じている。
また、同院では医療チームの健康管理にも気を配り、職場環境が整っていることが、高いクオリティの医療提供に繋がっている。スタッフ間の連携が強固であり、看護師たちは患者とのコミュニケーション能力が非常に高く、患者や家族からの信頼も厚い。
診療の質の向上には、他の医療機関との連携も不可欠だ。草野院長は、医師間で情報を共有し、協力し合う体制を作ることの重要性を訴えている。例えば、薬局と連携し、医療ミスを防ぐためにカルテや処方内容を共有することで、安心できる治療を提供している。また、地域全体の医療環境を改善するために、往診専用車の開発を進めるなど、医療業界全体への貢献にも積極的だ。
医療ネットワークを構築することにも力を入れており、医師同士の勉強会や会合を開催して、診療基準や知識を共有する場を作りたいと考えている。医師がサポートし合える環境を整えることが、医療の質向上につながると信じている。
「他人皆師」を座右の銘とし、草野院長は謙虚に学び続ける姿勢を崩さない。患者から学ぶことを大切にし、常に自分の限界を意識しながら、医師として成長を続けている。その豊富な臨床経験と知識をもって、地域医療の発展と患者の健康を守り続けている。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
専門の呼吸器内科でも質の高い治療を提供
2022年4月、三重県亀山市に開院した「こばやし内科・呼吸器内科クリニック」は、呼吸器内科専門医として約30年の経験を持つ小林裕康院長が、地域医療と専門診療の両立を目指す場である。小林院長は若き日、医療過疎地・紀和町の診療所で、内科にとどまらず外科的処置や夜間往診にも対応し、地域医療の厳しさと意義を痛感した。この3年間の経験が医師としての礎となっている。
医師を志したきっかけは高校時代に見たテレビ番組。無医村に赴任した若き医師の姿に強く心を打たれ、「地域を守る医師になる」と決意。番組で紹介された自治医科大学に進学し、卒業後は義務年限に従い、県立病院や過疎地診療所に勤務。体力も気力も充実していた若い時期に、患者の命を守る“最後の砦”として尽力した日々は、現在の診療姿勢に大きな影響を与えている。
その後、三重大学医学部附属病院や米国・コーネル大学での研究、鈴鹿中央総合病院での勤務を経て、呼吸器の専門性を磨いてきた。肺移植を待ちながら亡くなった若い女性患者の経験が心に残り、「呼吸器疾患について少しでも多くの人に知ってもらいたい」との思いから、地元での啓発活動や勉強会も積極的に行っている。2024年には書籍『咳・息切れが少しでも気になったら読む本』を出版し、来院者の増加にもつながっている。
クリニックでは、糖尿病や高血圧といった慢性疾患の診療に加え、喘息、睡眠時無呼吸症候群、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など呼吸器疾患にも対応。AIを活用した低侵襲のインフルエンザ検査機器や呼気ガス分析装置など、総合病院に近い設備も整えており、専門病院への適切な振り分けも可能だ。
近年、近隣の診療所が相次いで閉院する中、地域の医療インフラを支える存在としての役割がさらに大きくなっている。「患者にとって最適な選択肢を提案することが大切」と語る小林院長は、治療を押し付けず、個々の価値観やライフスタイルを尊重した診療を心がけている。これは、へき地勤務で築いた「信頼関係を何より大切にする医療」の原点に通じるものだ。
座右の銘は「与えられた場所で努力し、全力を尽くす」。60歳を超えた今も、地域への恩返しと専門性の還元を使命と考え、患者にとって「アクセスしやすく、信頼できるクリニック」であり続けるために、将来的なリニューアルも見据えて診療に取り組んでいる。
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患者と二人三脚で歩む滋賀・大津のホームドクター
滋賀県大津市にある「たいら内科・消化器内科クリニック」は、地域の健康を支える存在となっている。院長の平良薫医師は沖縄出身。日本最大の湖・琵琶湖を擁し、自然と歴史が融合した滋賀に惹かれて開業した。専門は肝臓で、全国でも珍しい肝臓検査機器「フィブロスキャン」を導入し、症状が出にくい“沈黙の臓器”である肝臓の早期発見・予防に取り組んでいる。
医師を志した背景には、幼少期の体験がある。風疹の影響で障害を持った同級生とスポーツなどを通じて交流する中、「治療できる人になりたい」と思うようになった。学生時代から肝臓に関心を持ち、肝細胞移植や人工肝臓の研究に取り組んだ。医師となってからは念願の肝臓移植にも関わったが、次第に「治すより、病気を防ぐことの方が大切」との思いが強まり、クリニックを開業した。
開業当初はコロナ禍と重なり発熱外来も担ったが、地道に肝臓診療をアピールし、今では「肝臓ならたいら内科」と地域に認知されるように。肝臓は代謝・解毒・胆汁分泌など生命維持に不可欠な役割を果たすが、損傷しても自覚症状が出にくく、重症化しやすい。だからこそ、血液検査やエコーに加えて、肝硬度や脂肪量を数値化できるフィブロスキャンの活用が重要となる。
この機器は関西圏のクリニックでは設置例が少ないが、「一人でも多くを救いたい」と導入に踏み切った。生活習慣指導でも、薬に頼るのではなく、まずは食事や運動の見直しからスタート。否定的な言葉を避け、将来の健康を考える説明で患者の意識を変えていく。
印象に残る事例として、肝脂肪と肝線維化が進行していた40代女性のケースがある。通院と生活改善を継続し、1年で肝機能が正常化。体重も15㎏減少した。また、アルコール依存症の患者には専門医と連携して対応するなど、個別性に寄り添った支援を大切にしている。
「診療時間が長くなるのが悩み」と語る平良院長だが、それは全ての患者に丁寧に向き合っている証拠。患者の変化を目の当たりにできることが、何よりのやりがいだという。
今後は栄養士やスポーツジムと連携した健康セミナーの開催も計画中。「健康の相談窓口として、より地域に寄り添う存在になりたい」と語る平良院長。治療・予防・啓発を一体とした医療を通じて、地域医療の未来を支えている。
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丁寧な検査と患者の希望を尊重した診察が魅力
かい内科クリニックは、落ち着いた住環境と子育て支援が充実した地域の中で、地域住民の健康を支える拠点となっている。院長の甲斐達也医師は、「コツコツやる」を座右の銘に、患者一人ひとりの生活背景や心情に寄り添いながら、丁寧で根気強い診療を続けている。
1992年に医師免許を取得後、甲斐医師は近畿大学医学部附属病院の循環器内科に入局。救命救急センターでの緊迫した経験や、末期がん患者に対する24時間体制のケア、大学院での高血圧に関する研究を経て、医学博士の学位も取得。循環器内科を中心に消化器疾患や脳神経内科、老年内科まで幅広く臨床経験を積み、後進の育成にも力を入れてきた。
済生会富田林病院の循環器内科部長として、高血圧や心血管疾患の治療に尽力し、研修医の指導も担当。多くの患者を診る中で「自分が理想とする医療を提供したい」という思いが強まり、さくら会病院や田仲北野田病院、クリニック勤務を経て、2020年にかい内科クリニックを開業。前任者からの信頼を受け継ぎつつ、自身の診療理念を反映した医療を展開している。
高血圧症の診療では、原因が生活習慣に起因する「本態性」と病気が原因となる「二次性」の区別を重視。特に見過ごされがちな原発性アルドステロン症の早期発見に力を入れ、正確な診断に基づく適切な治療を通じて脳卒中や心筋梗塞などの重大な合併症予防に努めている。
また、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療にも積極的だ。CPAP療法や専用マウスピース療法など多様な治療法を用い、患者の状態や生活に合わせた最適な治療計画を立てる。検査面でも、パルスオキシメーターを用いた自宅での簡易検査や、より詳しい終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)についても、患者の負担軽減を図るため検査技師を自宅に派遣し、普段通りの生活環境で正確なデータ取得ができる体制を整備している。
「SASの治療は眼鏡のようなもので、気道の閉塞を一時的に解消するに過ぎません。根本的な改善には生活習慣の見直しが不可欠です」と甲斐院長は語る。肥満や飲酒習慣の改善指導も行い、長期的に健康維持を目指す姿勢が患者からの信頼を集めている。
普段の診療では、患者が気軽に相談できる雰囲気作りを重視し、内科以外の悩みでも適切な専門医に紹介するなど、総合的な健康サポートに努めている。開業以来、地域の健康づくりの拠点として多くの患者に支持されており、「患者さんの生活に寄り添う医療」を体現し続けている。
「診察や検査を通じて患者さんの健康を守り、生活の質を向上させることが私の使命です。少しでも体調が気になる方は、ぜひ相談に来てほしい」と笑顔で話す甲斐院長。地域医療に根差した専門医として、今後も患者一人ひとりに最適な医療を届け続けることを誓っている。
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患者の幸せを一途に願う“ジェネラリスト型ドクター”
1994年に開院したフェニックスメディカルクリニックは、検診と外来の二本柱で医療を展開し、年間18万人の患者を受け入れる日本屈指の医療機関へと成長した。産婦人科医長であり法人のマネジメントも担う賀来哲明医師は、「患者の幸せを最優先する医療」が成功の鍵だと語る。
賀来医師は、父が開業したクリニックの成長を幼少期から見守り、東京医科大学を卒業後、東京大学医学部産婦人科医局に入局。不妊治療の研究に取り組むきっかけとなったのは、研修医時代に出会った認知症の高齢女性患者の「子どもを産めますか」という言葉だった。大学院では着床不全をテーマに研究し、知識と経験を積み重ねた。
2020年に同クリニックへ入職した賀来医師は、検診から治療までを一貫して提供できる体制に魅力を感じたという。40名近い常勤医師が在籍し、異常が見つかった場合も同じ医師が継続して診療を行える。手術が必要な場合は、東大病院などの連携先へ紹介し、術後は再びクリニックでフォローする体制が整っている。
「病気ではなく病人を診る」という理念のもと、患者の人生や個性に寄り添った医療を提供する姿勢は「フェニックスの誓い」にも表れている。最新設備と専門医の陣容に加え、看護師や事務スタッフなどのコメディカルも高い医療レベルを支えている。新人スタッフには理念を学ぶ合宿研修を実施し、教育ではなく“共育”を重視。スタッフを家族のように大切にし、働きやすい環境づくりにも力を入れている。
理事長・賀来宗明医師は2018年に不妊治療専門施設「フェニックスアートクリニック」を開設。全国から難症例の患者が訪れ、「体外受精の最後の砦」とも称される。妊娠後はメディカルクリニックが母子を守り、分娩は連携病院で行う「こうのとりシステム」により、産婦人科分野での一貫した医療提供が可能となっている。
近年はHPV外来、男性更年期外来、AGA外来、男性不妊外来など新たな専門外来も開設。患者のニーズに応える柔軟な医療を展開している。賀来医師は「患者の幸せ」を軸に、スタッフと共に挑戦を続け、フェニックスの文化を未来へと繋いでいく決意を語った。
さらに、2023年度にはがん214例、婦人科疾患684例、脳梗塞218例などの重大疾患を早期発見し、治療へと繋げた実績もある。特に膵がんの早期発見では、7件中3件が手術可能となり命を救うことができた。こうした成果は、検診の質の高さと医師・スタッフの連携力の賜物であり、患者の未来を守る医療の象徴とも言える。フェニックスは、今後も進化を続けながら、患者とスタッフ双方にとって魅力ある医療機関であり続けることを目指している。
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弁護士への早めの相談が円満な相続と企業経営に繋がる鍵
茨城県水戸市にある「みとみらい法律事務所」は、1939年の創業以来80年以上の歴史を誇る老舗法律事務所である。創業者・安廣輝氏、その後を継いだ安徹氏から、現在の代表・後藤直樹氏へと引き継がれてきた。地域の行政機関や金融機関といった大手を顧問先に抱え、個人案件では後藤氏の専門分野である相続相談が中心となっている。
後藤氏は常陸大宮市出身。政治家である父や祖父の姿から「人の役に立つ仕事」への憧れを抱き、また「資格を必要とする職業に就きたい」との思いから弁護士を志した。中央大学法学部で学び司法試験に挑戦するも、7度の不合格を経験。「すべてを剥ぎ取られるような恐怖感があった」と振り返るが、諦めず努力を重ね、1990年ついに8度目で合格。念願の弁護士バッジを手にした。
入所した安法律事務所は変革期にあり、安徹氏の方針で組織化を進め、2000年に「水戸の未来を支える」という意味を込め「みとみらい法律事務所」へ改称。2002年には移転を果たし、2021年に安氏の体調不良を受け後藤氏が代表に就任した。
現在は弁護士6名、事務員7名体制。2023年には180件、2024年には261件もの相続相談を扱った。生前に対策がなされず、遺留分を巡って資産売却を迫られる例も多いことから、「終活は早いほど良い」と啓発活動に尽力。がん患者が前夫との子に遺産を託したいと遺言した事例など、依頼者の人生に深く寄り添う経験も重ねている。
法人顧問業務では労務紛争や就業規則の作成に加え、経営心理士資格を活かし心理面や暗黙の了解に配慮した支援を行う。破産を悲観し自殺を考える経営者にも寄り添い、「必ず落ち着くところに落ち着く」と諭し、相談の場を提供。社員個人の相談窓口も設け、福利厚生としてメンタル支援にも取り組む。
代表就任後は「弁護士はサービス業」という意識改革を推進。依頼者の声を尊重し迅速かつ丁寧な対応を徹底し、事務職員もパラリーガルとして主体的に関われる体制を整備。先代・安徹氏の「弁護士という仕事がなくなれば良い」という理念を継ぎ、紛争のない社会を目指す。
後藤氏は「弁護士は依頼者と共に成長できる職業」と語り、各弁護士に専門分野を持たせることで質の向上を図り、依頼者にとって選びやすい事務所を目指す。座右の銘は一休禅師の「シンパイスルナ、ナルヨウニナル」。人事を尽くして依頼者に最善を尽くす姿勢が、水戸の未来を照らす灯となっている。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
敷居が高いイメージを払拭し相談しやすい環境を作る
東京都新宿区のビジネス街から少し離れた四ツ谷に位置する下地法律事務所は、労働問題に注力する弁護士・下地謙史氏が代表を務める。中学生時代に裁判を題材としたゲームに触れたことをきっかけに法律の世界に興味を持ち、慶應義塾大学法学部から法科大学院へ進学。大学院では特殊詐欺に関する論文を発表し、ウエスト・ロー・ジャパン賞を受賞。2018年に司法試験に合格し、四大法律事務所であるアンダーソン・毛利・友常法律事務所で勤務弁護士として経験を積んだ後、2021年に独立開業した。
同事務所では離婚や財産分与などの家事事件から企業の契約書確認まで幅広く対応しているが、特に力を入れているのが労働問題。四ツ谷に事務所を構えたのも、相談者が周囲の目を気にせず来所できるよう配慮した結果だ。ハラスメント問題では、録音やメールなどの証拠収集を相談者と協力して進める。初回相談は30分無料で、対面またはWeb会議を通じて信頼関係の構築を重視している。
中でも注力しているのが退職代行業務。民法に基づき、退職の意思表示から14日後に退職が成立するため、その流れに沿って交渉を行う。退職手続きのみの依頼では追加料金は不要で、残業代や慰謝料請求などの交渉も並行して対応可能。近年注目される退職代行だが、一般企業による代行は非弁行為に該当する可能性があるため、弁護士への相談が推奨される。
また、企業からの不当解雇や退職勧奨への対応も行っており、合理的理由のない解雇には無効請求を、退職条件の交渉にも応じている。下地氏が労働問題に取り組む背景には、学生時代のアルバイトでハラスメントを受けた経験がある。相談者の話を丁寧に聞き、希望を引き出す姿勢を大切にしており、「問題解決の最終決定は相談者自身」との考えのもと、法律の知識を活かしてサポートしている。
印象深い事例として、ハラスメントを苦に自死された方の遺族からの依頼で損害賠償訴訟を行い、和解に至った経験がある。相談者の心に寄り添う姿勢は、弁護士という枠を超えた人間的な温かさを感じさせる。今後は事務所の規模拡大を目指し、より多くの人々の力になりたいと語る下地氏。労働の多様化が進む現代において、同事務所の存在はますます重要性を増している。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
女性弁護士が代表。気配りの行き届いた対応も強み
Utops(ユートップス)法律事務所は、鴨下香苗弁護士が代表を務める、チーム制を採用した新しいスタイルの法律事務所である。日本では女性弁護士の割合が約2割と少ない中、女性が代表を務める事務所は希少であり、注目を集めている。
Utopsの最大の特徴は、複数の弁護士がチームで対応する体制にある。鴨下氏とともに、三部達也氏、磯雄太郎氏が所属し、3人とも企業や組織での「組織内弁護士」経験を持つ。この経験が、企業法務において実務的な理解と迅速な対応力に直結している。組織内弁護士は、企業の一員として日々の業務に関わることで、経営者や従業員の目線を理解し、現場感覚を持った法的支援が可能となる。鴨下氏は「経営者が何を問題と感じるか、その勘所がよく分かる」と語る。
事務所の強みは5つ。①組織内弁護士としての経験、②複数弁護士による対応、③スピード感ある高品質なサービス、④女性弁護士が代表を務めること、⑤幅広い分野への対応。企業法務やM&A、事業再生から離婚・相続まで、法人・個人問わず多様なニーズに応えている。クラウドシステムを導入し、場所を問わず依頼者と密に連絡を取れる体制も整備されている。
特に力を入れているのが「予防法務」。問題が起きる前に芽を摘むことを重視し、チェックリストの配布やセミナー開催などを通じて企業との継続的な関係を築いている。顧問契約を通じて、企業が気軽に相談できる「外注の法務部」としての役割を果たしており、開業から2年で顧問先は20社近くに増加。紹介や実績による信頼獲得が中心で、飛び込み営業はほとんどない。
事務所名「Utops」は、「You(依頼者)」を「tops(トップ)」に据えるという理念に基づいた造語であり、依頼者を主役に据える姿勢を象徴している。鴨下氏は「縁の下の力持ち」として依頼者を支えることを信条とし、事務所内でも上下関係なく意見を交わせる風通しの良い環境づくりを重視している。三部氏は「神奈川の企業法務といえばUtops」と言われる存在を目指し、磯氏も「中小企業の法務外注化」という発想に可能性を感じている。
離婚や相続など個人の人生に関わる案件から、企業の乗っ取り防止や事業再生といった大規模な案件まで、泥臭い業務も厭わず取り組む姿勢が評価されている。依頼者の「明日仕事に行きたくない」と思わせない事務所づくりを目指し、今後も地元企業を支える存在として成長を続けていく。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
IT業界の未来を切り拓く起業家たちの強い味方
東京・赤坂に拠点を構えるネクシード法律事務所は、2018年に「すべてのお客様の『期待を超える』サービスを提供する」という理念のもと設立された。NEXT(次世代)とSEED(種)を語源とする事務所名には、変化の激しい時代において新たな挑戦を支えるという思いが込められている。現在、9名の弁護士が所属し,
約100社の顧問先を抱える。主にスタートアップ企業法務を専門とし、IT分野を中心に急成長する企業の法的支援を行っている。
代表の永井弁護士が法律の道を志したきっかけは、医師である父が開業時に詐欺被害に遭ったことだった。家族を救ってくれた弁護士の姿に感銘を受け、医学部志望から法学部へ進路を変更。2010年に弁護士登録後、複数の事務所で経験を積み、顧客からの信頼と紹介が増えたことを受けて独立を決意した。働き手が私生活も充実させながら仕事に向き合える環境をつくりたいという思いも、事務所設立の背景にある。
ネクシードの強みは、スタートアップ企業法務に特化した専門性と、ベンチャーキャピタルへの出向経験を活かした実務力。新規事業の適法性チェック、資金調達の契約交渉、知的財産管理、労務整備など、企業の成長段階に応じた法務支援を提供している。特に投資契約では、投資家有利な条件を見抜き、経営者に有利な着地点を探る交渉力が評価されている。IPO支援の実績も豊富で、内部管理体制やガバナンスの整備など、上場に向けた法務面のサポートも行っている。
NFTなど新技術を活用したビジネスモデルの法的検討にも対応し、革新的な挑戦を支える姿勢が顧客からの信頼につながっている。スタートアップ企業は、前例のない課題や複数の法律領域にまたがる問題に直面することが多く、スピード感と柔軟性が求められる。ネクシードでは、民間企業への就職や留学経験など多様なバックグラウンドを持つ弁護士が集まり、エンタメ、仮想通貨、労働問題、相続・離婚、刑事弁護など幅広い分野に対応している。他士業との連携も強みで、税理士や社労士などと協力し、総合的な問題解決を図っている。
永井代表は「弁護士はサービス業」と語り、分かりやすい説明と対等な関係づくりを重視。依頼者のリテラシー向上を促し、裁判でも協働的な戦略構築を可能にしている。特にスタートアップ企業の経営者は若い世代も多く、専門用語を避けた丁寧な説明が信頼関係の構築につながる。紛争が起きる前の早期相談を推奨し、法的リスクを事前に把握・回避することで、企業の挑戦を支える「頼れるパートナー」としての役割を果たしている。
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インフラの1つとして、法律サービスが受けられる社会に
福岡県豊前市に拠点を構える豊前総合法律事務所は、2025年で開業から9年目を迎える。所長の西村幸太郎弁護士は、弁護士過疎地域だった豊前の地に「骨をうずめる覚悟」で赴任し、地域密着型の法律事務所として信頼を築いてきた。長崎県出身の西村氏は、都会よりも自然と歴史に囲まれた地方の環境を好み、「ゼネラリスト」として幅広い相談に対応する地方弁護士を志した。
弁護士を目指すきっかけは、中学時代に観た映画『評決 のとき』。言葉の力で人を救う弁護士の姿に感銘を受け、法学の道へ進んだ。熊本大学法学部卒業後、司法試験に2度目の挑戦で合格し、九州弁護士会連合会が管轄する「あさかぜ基金法律事務所」で研鑽を積む。2016年には日本弁護士連合会が支援する「豊前ひまわり基金法律事務所」の所長に就任。任期終了後も豊前に残ることを決意し、2019年に現在の事務所名へ改称し、個人事務所として再スタートを切った。
開業当初は売上がわずか8万円という厳しい状況だったが、地元の役所や商工会議所に足を運び、勉強会などを通じて信頼を獲得。現在では地域の法律インフラとして、交通事故、相続・遺言、企業顧問など多岐にわたる業務を展開している。特に交通事故は地方特有の課題であり、被害者の負担軽減に尽力。相続分野では「終活」の一環として遺言の重要性を説き、安心して人生を終えるための支援を行っている。企業顧問業務では、経営者が本業に専念できる環境づくりを法的側面から支えている。
印象深い事例として、山間部の共同受信設備の撤去に関する地域問題では、住民との集会を重ねて合意形成を図り、工事費の調整やカンパの呼びかけなどを通じて半年かけて解決に導いた。また、遺言による財産相続を巡る銀行との訴訟では、依頼者の妻のために裁判を起こし、遺言の有効性を認める判決を勝ち取った。こうした事例を通じて、「地元に弁護士がいるからこそ解決できる問題がある」と実感している。
西村所長は「弁護士事務所は地域社会のインフラ」と位置づけ、いつでも気軽に相談できる環境づくりを目指している。事務所の理念は「市民に力を」、ビジョンは「最高峰の地域密着型法律事務所」。専門家の助言を身近に受けられる社会こそが理想であり、事前対策型の法務サービスの提供が地域の安心につながると考えている。
将来的には、地方で弁護士として成功するためのノウハウを体系化し、同じ志を持つ若手弁護士に提供したいという夢を描いている。地方でのびのびと活動できる弁護士を増やすことで、地域に根ざした法律サービスの充実を図りたいという思いがある。西村所長の挑戦は、豊前の地から新しい弁護士像を生み出す可能性を秘めている。
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4つの約束と5つのこだわりで働く人が幸せになれる職場に
税理士法人松本は「心熱き専門家集団」を掲げ、税務を中心に社労士法人、保険代理店、BPO業務、労働保険事務組合などを展開する総合事務所である。理念は「情熱家であれ」。代表の松本崇宏氏は快活な人柄で、YouTube登録者数10万人超(2024年10月現在)を誇る人気者。スタッフには「居ると助かる人、居ないと困る人になれ」と語り、個の力を磨く重要性を説く。
松本氏は就職氷河期に就活を避け、「社長になる」と決意。資格取得のため本屋を訪れ、努力家向けと紹介されていた税理士資格に挑戦。ダブルスクールで学び、2004年に合格。28歳で独立し、税務会計事務所を設立。顧客ニーズに応え保険代理店や社労士法人を次々と設立し、2016年に法人化。現在は渋谷、新宿、大阪など全国に拠点を展開している。
グループ会社では税務・労務のコンサル業務も行い、経営者の悩みに寄り添う姿勢が評価されている。税務調査は年間200件と国内トップクラスで、国税局OBを含む専門家が対応。紹介による新規顧問契約が多く、信頼の厚さが伺える。特に他事務所が対応困難とした案件を引き受ける「最後の砦」としての存在感も強い。
教育体制も充実しており、国税OBが直接指導する環境でスタッフは多くの経験を積める。人事評価制度や福利厚生も整い、働き方の選択肢も豊富。「笑顔で働ける環境」を重視し、給与面の充実にも力を入れている。中小企業退職金共済制度や確定拠出年金制度も整備され、安心して働ける環境が整っている。
ロゴには「4つの約束」と「5つのこだわり」が込められており、情熱・成長・透明性・共に歩む姿勢、そしてクイックレスポンス・プラス思考・有言実行・他責禁止・気配りが理念の柱となっている。特に「有言実行」は松本氏が強く意識する信念であり、スタッフとの信頼関係の礎となっている。
松本氏は「生まれ変わっても税理士になりたい」と語り、顧客の成長を支えながら自身も学び続ける姿勢を貫く。会食の場では必ず「宿題」を持ち帰り、翌朝には提案を添えて連絡するなど、プロとしての誠実な対応が顧客の信頼を得ている。数字だけでなく、人間的な提案力が重要であるとし、AIでは代替できない価値を追求している。
今後は親族外への事業承継を目指し、100年続く事務所づくりに挑む。「スタッフの笑顔が私の幸せ」と語る松本氏の姿勢は、業界を牽引する力強い原動力となっている。
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“選択肢のある主観”によって依頼者が納得できる会計を
2024年末現在、こども食堂や赤ちゃんポストの設置、自殺者の増加などから国民の貧困が浮き彫りになる一方、税収は5年連続で過去最高を記録し、政府と国民の乖離が顕著になっている。そんな社会に対し「自身の健康とクライアントの会計から世の中を変えていきたい」と語るのが、伊坂会計総合事務所の代表・伊坂勝泰氏である。
1954年生まれの伊坂氏は、社会科教師を志すも定員の壁に阻まれ、1984年に税理士資格を取得し独立。顧客ゼロからスタートし、地道な努力と講演活動を通じて信頼を築き、徐々に税理士業務に専念できるようになった。1993年には行政書士資格も取得し、建設業関連の業務にも対応。「私は根っから街の税理士」と語る通り、地域に根ざした活動を続けてきた。
政治にも関心を持ち、1999年には荒川区議会議員選挙に出馬。社会問題に対して声を上げる姿勢は、税務の現場にも通じている。2013年には事務所の売上が1億円を突破し、現在は9名のスタッフとともに約120件の顧問業務、200件の決算を担当。書面添付制度を導入し、税務署からの指摘を受けない相続税申告など、高品質な業務が評価されている。
伊坂会計はクライアント密着型の事務所で、財務診断や企業再生、税務調査など幅広い業務を展開。中小企業の法人税を専門とし、「合法的に節税し、しっかり税金を払う」ことを重視。依頼者が困難に直面した際も「逃げずに立ち向かう」ことを促し、誠実な対応で信頼を得ている。
また、マンションオーナー向けの相続支援や企業再生にも力を入れており、「儲けよりも思い入れが強い」と語る。税務署との関係も円滑に保ち、「同じ税務に生きる人間として理解し合う姿勢」が調査対応にも活かされている。
伊坂氏の哲学は「選択肢のある主観」。会計は唯一無二の客観ではなく、依頼者に合った複数の節税方法を提示し、選択してもらうことが理想だという。その姿勢は医師の診療にも似ており、信頼関係の構築に繋がっている。
健康面でも「世の中を変える前に自分の健康を整えることが大切」と考え、体調不良を乗り越えるためにウォーキングを継続。「千日修行」のように努力を重ね、80歳まで現役で働くことを目指している。
「志を立てて以て萬事の源となす」という吉田松陰の言葉を胸に、逃げずに誠実に向き合う姿勢を貫く伊坂氏。その信念が、依頼者の成功と社会への貢献に繋がっている。
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安心を提供する良きビジネスパートナーを目指す
徳島県出身の塚原喬代表は、地元の銀行勤務を経て税理士資格を取得した異色の経歴を持つ。大学では理学部数学科に在籍し、理系の視点から企業の財務体質改善に貢献する「管理会計」を得意とする。数字を活用した経営支援を通じて、顧問先の業績向上に寄与している。
経営理念は「変化に対応し、変わらぬ安心を提供できる良きビジネスパートナーになること」。単なる業務遂行ではなく、顧客と信頼関係を築き、共に課題を乗り越える姿勢を大切にしている。徳島を拠点としながらも、真摯な仕事ぶりが評判を呼び、東京や大阪など県外からの依頼も増加。地元企業への支援を重視しつつ、すべての顧客に対して平等に全力を尽くす姿勢を貫いている。
士業を志すきっかけは高校時代、進路に悩む中で親身に寄り添ってくれた教師の存在だった。大学では一人暮らしを経験し、飲食店でのアルバイトを通じて接客や資格取得の重要性を学ぶ。人の役に立ちたいという価値観は、教師の母と住職の父の影響によるものだという。
大学在学中から税理士試験の勉強を始め、卒業後は地元の銀行に就職。銀行業務を通じて地域企業との関係性や融資の仕組みを学びながら、税理士試験に挑戦。科目合格後に銀行を退職し、税理士事務所で約5年間実務経験を積み、2015年に独立を果たす。開業当初は若手税理士として信頼を得るのに苦労したが、地道な努力と誠実な対応が実を結び、徐々に顧客の信頼を獲得していった。
業務の中心に据える「管理会計」は、企業の売上や在庫などの財務データを分析し、経営の意思決定に役立てる手法。セミナーでの出会いをきっかけに導入を決意し、中小企業診断士の知識をベースにノウハウを習得。「決算前決算」と呼ぶ独自の手法では、期末前に業績の見通しを立て、経営者と共に戦略を練る。中小企業では経理部がない場合も多く、同事務所が経理部の役割を担うことで、安心して経営判断ができる環境を整えている。
さらに「管理会計コンサルティング」にも力を入れており、経営者だけでなく現場の社員も巻き込んだ業績改善に取り組む。会社の現状を数値で「見える化」し、心理的安全性を確保した上で忌憚ない意見交換を行う。老舗小売業では、在庫の適正化をテーマに社員の意識改革を促し、具体的な改善策を導き出す成果を上げた。
今後は事務所の規模拡大よりも業務の質向上を重視し、管理会計を扱える人材の育成に注力する方針。スタッフには「顧客のパートナーになれているか」を常に問いかけ、資格取得によるスキル習得と実務でのやりがいを両立させる環境を整備。多様性を尊重し、柔軟な働き方を提供することで、理念に共感する人材の確保を目指している。
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FUNのファンづくりにより圧倒的地域No.1へ
新潟を拠点に30年以上の歴史を持つFUN税理士法人は、1993年に山岸誠一氏が創業した山岸公認会計士事務所を前身とし、2011年に法人化。2018年からは息子の山岸賢太朗氏が代表として陣頭指揮を執っている。「FUN」は“Future Utility Network”の略で、「未来へ向かって有機的につながる」という意味が込められている。スタッフ約40名が「新潟中の中小企業を元気にする!」という理念のもと、地域企業の経営支援に取り組んでいる。
山岸代表は、公認会計士として独立していた祖父と父の影響を受け、幼少期から士業の道を意識して育った。東京の大学で学びながら3度目の挑戦で公認会計士試験に合格。EY新日本有限責任監査法人で監査業務に従事した後、税理士法人古田土会計で税務の実務経験を積む。父の急病を機に事業承継を決意し、2018年に共同代表、2023年には名実ともに代表に就任した。
事業承継後は、組織の再構築と理念の再定義に着手。新卒採用を強化し、SNSを活用して学生との接点を増やした。さらに、クレド(ミッション・ビジョン・バリュー)の策定と、3年間中断していた経営計画書の作成を再開。社員の未来像と事業の方向性を共有し、社内の利益情報もパート社員まで開示する透明性の高い運営を実現した。
業績面でも成果は顕著で、事業承継前の横ばい状態から、2023年には経常利益9200万円を記録。2024年には売上が初めて4億円を突破し、売上高経常利益率は20%以上という高収益型組織へと成長した。
また、山岸代表は「経営計画書作成支援サービス」を顧客向けに展開。自社で実践して成果を上げた手法を地域企業にも提供し、経営の言語化・数値化・仕組み化を支援する。2018年に初契約を獲得して以降、現在では個人で18社、法人全体で38社と契約を結ぶまでに拡大。2024年には「経営計画作成ワークショップ」も開始し、セカンドオピニオンとしての契約も増加している。
税理士業務を「過去会計」と「未来会計」に分け、後者に力を入れることで差別化を図る。顧問先は現在300社以上で、約7割が黒字企業という実績を誇る。クラウド会計の導入や経営計画の策定によって資金繰り改善や利益増加を実現した事例もあり、「目の前のお客様が喜ぶ顔が見たい」という山岸代表の原点がそこにある。
今後は「経営計画書の作成支援は新潟で一番だと言われる存在になりたい」と語り、士業の枠を超えた経営支援に挑み続ける。
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新時代の税理士が切り拓く、相談しやすい体制
2023年、大阪市西天満に開業した「インテル税理士事務所」。事務所名は“intelligence(知性)”に由来し、代表の石谷元氏が掲げる理念を体現している。30代という若さながら、関西のみならず全国の顧客に対応し、税務の枠を超えた支援を展開している。
石谷氏は税理士一家に育ちながらも、当初は別の道を模索していた。大学時代、父の姿に影響を受けて税理士を志し、勉強の楽しさに目覚めた。試験合格後はすぐに独立。前職での経験から「自らが中心となる組織運営」を志し、インテル税理士事務所を立ち上げた。
開業当初は集客や業務対応に苦労したが、石谷氏は高いモチベーションを維持し、顧客目線のサービスを追求。創業支援では自身の経験を活かし、初めての経営者にも寄り添った対応を心がけている。クラウドツールやIT技術を駆使し、業務効率化とペーパーレス化を実現。遠方の顧客にも迅速な対応が可能となっている。
同事務所の特徴は「クイックレスポンス」や「代金全額返金保証制度」など、顧客満足を重視した仕組み。返金事例は一度もなく、高品質なサービスが評価されている。また、税務以外の相談にも真摯に対応し、専門外の分野でも他の専門家と連携するなど、顧客との信頼関係を築いている。
他事務所で断られた難案件にも果敢に挑戦。無申告者の申告支援や資金調達のサポートなど、石谷氏の熱意が新たな縁を生み出している。自身の成長を促すため、セミナーやYouTubeなどを活用し、常に学び続ける姿勢を貫いている。
将来的には「日本一の税理士事務所」を目指し、顧客満足度と従業員満足度の両立を追求。完全テレワーク制度やフラットな組織文化を導入し、働きやすい環境づくりにも注力している。従業員が楽しく働ける職場を目指し、個々の長所を活かす組織作りを進めている。
石谷氏は「安心・安全・安定だけを求めず、リスクを負ってでも新しいことに挑戦し続ける」ことを信条とし、税理士としての専門性を高めるだけでなく、業務効率化や新たなビジネスモデルの模索にも積極的だ。その姿勢は、顧客に対する柔軟な提案力にもつながっており、節税や税務調査対策、納税シミュレーションなど多岐にわたる相談に対応している。
インテル税理士事務所は、単なる税務支援にとどまらず、経営者の伴走者としての役割を果たしている。石谷氏の挑戦と誠実な姿勢は、今後の税理士業界に新たな価値をもたらすだろう。
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「芦原×橋本」の化学反応による次世代型不動産コンサルティング
芦原会計事務所は、30年以上にわたり不動産を活用した相続対策を専門に手がけてきた。都心の一等地を活用することで、相続税の負担を大幅に軽減し、資産を守る手法に定評がある。代表の芦原孝充税理士は「財産を減らさずに相続を乗り越えたクライアントも多い」と語る。
その鍵は「優良な都心不動産の所有」。例えば、時価10億円の物件でも相続税評価額は1億円となり、9億円の圧縮効果が得られる。都心ほど評価額と時価の乖離が大きく、節税効果が高い。ただし、過度な節税は法的リスクも伴うため、専門家の助言が不可欠だ。最高裁まで争われた事例もあることから、慎重な対応が求められる。
さらに芦原代表は、資産を守るだけでなく「成長させること」が重要だと強調。著書『EVA MONEY』では、米国の資産が100年で1万7000倍に成長した事例を紹介。株や不動産は複利成長の代表格であり、都心一等地への投資は資産家にとって合理的な選択だと説く。給与所得では得られないダイナミックな成長が、不動産にはあるという。
この理念を受け継ぐ芦原健太税理士は、横浜の不動産企業「株式会社ブリッジスターズ」と連携。不動産の収益物件を扱う同社は、SNSや飲食事業も展開し、相乗効果を狙う。代表の橋本悠良氏は19歳で事業を承継し、IPOを目指す若き起業家。第1期の売上は約3.6億円で、次期は倍増を見込む。SNSを活用した広報や採用支援も行い、若年層との接点を強化している。
芦原健太氏は、大手税理士法人での経験を活かし、資産運用型の相続対策を推進。財産評価の圧縮や資産形成の予測を分かりやすく提供し、クライアントとの信頼関係を重視する姿勢が印象的だ。不動産は確定運用型の投資であるため、意思決定に必要な情報を丁寧に整理し、顧客に提示することが重要だと語る。
ブリッジスターズとの連携により、芦原会計事務所は資産運用・税務・不動産の三位一体のコンサルティング体制を構築。資産家からの包括的な依頼にも対応し、相続税対策だけでなく、資産の成長と保全を両立させる支援を行っている。
30年余の実績とノウハウを受け継ぐ芦原健太税理士と、若き経営者・橋本悠良氏のシナジーが、今後も多くのクライアントに大きな利益と安心をもたらすことが期待されている。
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創業前から長く業務に携わり依頼者と数多の経験を共有する
広島県福山市に拠点を置く村田健二税理士事務所は、開業支援に特化した税理士事務所として注目を集めている。ロゴマークには「ハート」と「種」の形をした羽が描かれ、蝶が大空へ羽ばたく姿を象徴。依頼者の事業が成功へ向かう願いが込められている。
代表の村田健二氏は、営業職を経て税理士の道へ。資格取得後、突然の病に倒れた経験から「今を生きる」「思ったら即行動」という信念を持ち、2013年にゼロから事務所を開業。自身の開業経験を活かし、同じ立場の依頼者に寄り添う支援を行っている。
同事務所の特徴は10点に及ぶ。まず、開業支援専門の税理士事務所として、融資・設立・届け出などを一括サポート。創業融資の成功率は92%を誇り、日本政策金融公庫との連携により、面談から融資獲得までをスムーズに導く。
月額7,800円からの税務顧問契約や、チャットワークによる相談し放題の体制も魅力。依頼者が気軽に相談できる環境を整え、税理士との距離を縮めている。また、経理代行サービスにより、起業直後の経営者が本業に集中できる仕組みも提供。
さらに、司法書士・社労士・行政書士・弁護士などとの連携により、税務以外の課題にも対応。株式会社USENなどの企業とも提携し、開業に必要な設備やサービスも一括で整えられる体制を構築している。
クラウド会計ソフト「freee」の導入支援では福山市No.1の実績を持ち、唯一の5つ星認定アドバイザーとして初心者にも丁寧な指導を行う。営業経験を活かした実践的なアドバイスも好評で、「税務に限らず何でも相談してほしい」と語る。
小規模事業者にも積極的に対応し、節税や税務調査対策も実施。2025年1月時点で顧問先は265社、年商1億円を突破。税理士白書によると、年商1億円以上の事務所は全体の2.1%であり、同事務所の実績は全国でも屈指のものだ。
採用面では実務経験より人間性を重視。未経験者でも積極的に登用し、職員同士で成功・失敗事例を共有することで成長を促している。女性職員が多いため、子育てに配慮した柔軟な勤務体制も整備。経営理念は「Enjoy a Happy Life」。人生の半分を占める仕事時間を、幸せに過ごしてほしいという想いが込められている。
村田代表は「福山市で一番の税理士事務所になること」を目標に掲げ、創業時から支えてくれた依頼者への感謝を忘れず、共に成長し続ける姿勢を貫いている。依頼者の夢の種に水を注ぎ、蝶となって羽ばたく瞬間を見届ける──それが村田健二税理士事務所の使命である。
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発明者の特許取得を助ける革新的で国際的な弁理士
「自己のビジョンに制限があると、その範囲内でしか前進しません。エネルギーの源泉は、自由なビジョンにある」──この言葉を座右の銘とするのが、RYUKA国際特許事務所の創設者・龍華明裕所長。2025年で開業27年目を迎える同事務所は、弁理士30名、米国弁護士6名を含む約100名が所属し、2024年にはAsia IP Awardsで日本の特許部門「Firm of the Year」を受賞するなど、国内外で高い評価を得ている。
龍華所長が特許の力を実感したのは、キヤノン在籍時。開発した次世代ファクシミリが、モトローラ社の特許侵害を指摘する一通の手紙で量産中止に追い込まれた経験が原点だ。発明者を守るために弁理士を志し、1993年に資格取得。さらに米国で弁理士・弁護士資格を取得し、日米両国での実務経験を積んだ。
米国では、弁護士が発明の内容だけでなく契約状況まで確認するなど、依頼者を守る姿勢が徹底されていた。龍華所長は「専門家としての自己認識の違いを学べたことが最も貴重だった」と語る。帰国後は、翻訳会社や米国法律事務所も設立し、言語や制度の壁を越えた特許支援体制を築いた。
同事務所の最大の特徴は「特許ビジュアライゼーション」。これは、発明者との対話を通じて未来の製品イメージを具体化し、課題と解決策を導き出すことで、試作前に強い特許を創出する独自手法だ。従来の「完成品ありき」の特許出願とは異なり、ブレインストーミングによってスパイラル状に発明を生み出す。これにより、資金や時間の負担を軽減しながら、未来型の特許群を構築できる。
特許ビジュアライゼーションには、挑戦するビジョンと、それを実現する技術者の存在が不可欠。企業が弁理士に相談するタイミングが遅れがちな中、同事務所ではまず依頼者の技術を深く理解し、信頼関係を築いた上で提案を行う。この丁寧なプロセスが、唯一無二の強い特許を生み出す土台となっている。
印象的な成功事例として、インターネット黎明期に考案された広告選択システムの特許がある。米国企業ネットゼロにより6億円相当で買収され、その後競合企業を訴訟で制し、業界構造を変える力を持った。龍華所長は経験則に頼らず、一人ひとりに向き合う姿勢を貫いている。
現在、特許業界では「迂回できる特許は意味がない」という認識が広まり、出願件数が減少する中でも、同事務所は2カ月先まで予定が埋まるほどの人気を誇る。特許ビジュアライゼーションによってシリーズ化された発明が、未来の事業を守る特許網となっている。
今後は「Firm of the Year」受賞を機に、組織的な人材育成にも注力。経営者としての新たなビジョンを掲げ、強いポートフォリオを生み出せる人材を育てる挑戦が始まっている。龍華所長とRYUKA国際特許事務所は、依頼者の未来を守るため、誇りと情熱を胸に、さらなる進化を続けていく。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)
組織作りに力を入れ次世代へと繋げていく
大阪・淀屋橋に拠点を構えるプライムフィデス特許事務所は、機械・制御分野を中心に多様な発明の特許出願を手がけてきた。代表の納谷洋弘弁理士は、福井大学工学研究科を修了後、大手鉄鋼メーカーに入社。設備の改良を目的とした発明を行い、特許出願を依頼する立場から、弁理士という職業に興味を持った。
自身の発明に対する特許出願書類を読んだ際、想定以上に広範な内容が記載されていたことに衝撃を受け、「より広い権利範囲を得るための戦略的な文章」であることを知る。これが弁理士を志すきっかけとなり、企業知財部への転職を経て、2003年に弁理士資格を取得。翌年には特定侵害訴訟代理業務付記弁理士の資格も取得し、訴訟対応にも携われる体制を整えた。
独立の契機となったのは、所属事務所での方針の不一致により、顧客から直接依頼を受けたこと。2005年に納谷特許事務所を開業し、2019年には松岡徹弁理士が加わり、現在のプライムフィデス特許事務所として体制を強化。両者とも機械・制御分野に精通し、2人体制での対応も可能となっている。
納谷代表は「特許の権利範囲は弁理士の腕次第」と語り、広い権利を取得するための明細書作成に力を注ぐ。最近では営業活動にも力を入れ、顧客からの紹介による新規案件も増加。特許取得は事業者の権利保護だけでなく、銀行融資や入札での優位性にもつながるため、特に中小企業にとっては死活問題となることもある。
また、業界内で特許を共有する「パテントプール」において、有効な特許を取得することで企業の収益や立場が向上する。納谷代表は「当事務所の努力が顧客の利益に直結する」と語り、困難な案件にも真摯に向き合う姿勢を貫いている。
過去には、他事務所で出願された案件の途中から依頼を受けたケースもあり、個人の負担を考慮しつつも、顧客の想いに応えるためにサポートを実施。結果として特許取得に成功し、今でも感謝の言葉が届くという。
事務所運営においては、職員に対して「惰性で仕事をしない」「案件は生き物」と伝え、1件1件に丁寧に向き合う姿勢を徹底。相談を受ける際には「当事者意識」を持ち、依頼者と同じ目線で考えることを大切にしている。
今後の展望として、納谷代表は「未来永劫続く事務所づくり」を掲げ、次世代の人材育成と組織体制の強化に取り組む。弁理士業界の人手不足という課題にも向き合い、近く他の特許事務所との合併も予定している。
発明者としての経験を活かし、依頼者の立場に立って権利を守る納谷代表。その誠実な姿勢と確かな技術力が、プライムフィデス特許事務所の信頼と成長を支えている。
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次世代へ司法書士の魅力を広め、業界を牽引する
「司法書士は国家資格であり、発言一つひとつに責任が伴います」。そう語るのは、司法書士法人みつ葉グループ代表・宮城誠氏。朗らかな笑顔と誠実な語り口が印象的な宮城氏は、法律の専門家として人々の権利や財産を守り、生活を前向きに変える支援を行っている。
法律に興味を持ったきっかけは、ドラマで見た検事への憧れ。大学では経済学部に進学したが、就職活動中に「法律を使って人助けができる仕事」として司法書士に魅力を感じ、資格取得を決意。2012年に合格後、福岡の大手司法書士法人で商業登記や企業法務を担当し、約6年間の経験を積んだ。
その後、みつ葉グループ創業者の「司法書士業以外にも挑戦したい」という方針に共感し、2018年に入社。同年10月に共同代表となり、2023年からは単独代表としてグループを牽引している。
みつ葉グループは全国に拠点を持ち、司法書士・土地家屋調査士・行政書士など約280名が所属。「社会の法的インフラとして、人々に安心できる日常を」をミッションに、登記・相続・債務整理を中心としたサービスを展開している。
登記では不動産や会社設立、事業承継などをサポート。相続では、生前対策から遺産整理、名義変更まで幅広く対応し、トラブル回避のための遺言書作成なども提案。債務整理では任意整理・個人再生・自己破産の3つの方法を用い、借金問題に悩む人々に寄り添いながら解決へ導いている。
「司法書士はサービス業」と語る宮城氏は、分かりやすい説明と丁寧な対応を重視。スタッフにもその姿勢を浸透させ、安心感のある相談体制を築いている。
また、働く環境づくりにも力を入れており、「働くことに価値を感じられる会社」を目指してキャリア支援制度を充実。書籍購入支援「みつ葉ライブラリー」やeラーニング、資格取得支援制度を整備し、司法書士や行政書士を目指す30名以上のスタッフが日々勉学に励んでいる。資格取得時には合格祝い金も支給され、社内での勉強環境も整っている。
今後の展望として、宮城氏は「三方よし」の理念と「法的インフラ」の使命を軸に、登記・相続・債務整理の業務を時代に合わせて進化させていく方針。DX化やAI活用による生産性向上にも積極的で、業界全体の発展にも貢献したいと語る。
司法書士業界は法人化から約20年と歴史が浅く、キャリアルートの整備が課題。若い世代に司法書士を目指してもらうためには、職業としての魅力や待遇の優位性を発信する必要がある。みつ葉グループはその先陣を切り、業界を牽引する存在を目指している。
宮城氏は東京司法書士会の理事も務め、中高生の企業訪問を積極的に受け入れ、司法書士の魅力を伝える活動にも力を注ぐ。「若い世代に司法書士という選択肢を届けたい」。その熱意と行動力が、司法書士業界の未来を切り拓いている。
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社会保険労務士として、企業家として、物流業界の変革を目指す
社会保険労務士法人X-Y-Zパートナークリエイト.の代表・戸川一秋氏は、一般的な士業家とは異なる道を歩んできた。大阪市立大学経済学部卒業後、関西電力の子会社で約9年勤務。その後、後輩の起業に参画し、経営者の悩みに触れる中で「力になりたい」とコンサルティング業務を開始した。
業務の幅が広がるにつれ、行政書士資格を取得し事務所を開業。さらに社労士資格も必要と感じ、1カ月業務を縮小して試験に挑戦。2020年に合格し、2024年には法人化を果たした。座右の銘は「努力は天才を凌駕する」。資格取得はすべて業務上の必要からであり、宅建や運行管理者なども含め多くの資格を持つ。
現在、同法人は関西を中心に全国対応し、顧問先は53社。社労士業務では、労務手続きや給与計算、トラブル解決、助成金申請などを監修。事件化前に問題を収めることを重視し、必要に応じて弁護士と連携。従業員との示談交渉では、戸川氏の誠実な人柄が信頼を生み、円満解決に導いている。
行政書士業務では、外国人雇用に関するビザ申請が中心。社労士業務と連携し、企業の法務をトータルで支援している。助成金申請では、DX化や研修支援など企業の成長に直結する制度を活用し、複雑な手続きを代行している。
企業コンサルティングでは、人・物・金の全体を支援。経理や税務、資金調達まで幅広く対応し、国家資格を持つ専門家として信頼を得ている。特に力を注いだのが、ひかり物流と田島運輸の経営再建。代表取締役・取締役として参画し、組織改革や集客強化を実施。業績はV字回復し、現在も物流業界の改善に尽力している。
法人名「X-Y-Z」は、漫画『CITY HUNTER』の依頼コードに由来し、「もう後がない人たちを助ける」という意味が込められている。困難な依頼にも真摯に向き合い、理不尽な要求には毅然と対応。職員へのクレーム対応もすべて戸川氏が担い、安心して働ける環境を整えている。
福利厚生も充実しており、整体通院制度やクレジットカードの自由使用、子どもへの小遣い支給など、職員の生活を支える制度が多数。求める人材は「言い訳をせず挑戦を楽しめる人」。失敗してもフォローするから挑戦してほしいという姿勢が根底にある。
戸川氏の原動力は「生きる意味を仕事で体現すること」。小さな企業でも「ありがとう」と言われる仕事を続けたいと語る。児童養護施設・神戸実業学院でのボランティア活動にも力を入れ、子どもたちの就職支援や講演などを行っている。
今後の目標は「全国一の規模を持つ社労士事務所」。自身が旗印となり、関わる人々の幸せを支える存在になることを目指している。戸川氏の明朗で献身的な姿勢は、依頼者や職員の信頼を集め、士業の枠を超えた企業支援の未来を切り拓いている。
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人事労務分野のスペシャリスト集団
少子化による労働人口の減少が進む中、企業は深刻な人手不足に直面している。社会保険労務士法人中小企業サポートセンターは、全国の顧問先企業に人事・労務サービスを提供しながら、人材採用・定着支援にも力を注いでいる。
同センターの調査では、約8割の中小企業が「採用活動が順調に進んでいない」と回答。多額の費用をかけても、採用した人材が早期退職するなど、成果に繋がらないケースが多い。宮本宗浩代表は「採用の悪循環に陥っている企業が多く、根本的な戦略の見直しが必要」と語る。
その解決策として提案するのが「社内情報の開示」。従業員のリアルな声や職場環境を求職者に伝えることで、ミスマッチを防ぎ、定着率を高める。実際、求職者1,119人へのアンケートでは、8割以上が「面接前に職場の実態を知りたい」と回答。企業側への調査でも、65%が「情報開示に前向き」と答えたが、残りの35%は開示に消極的であり、社内改革の必要性が浮き彫りとなった。
採用のミスマッチは、求職者が十分な情報を得られないまま選考を進めることが原因の一つ。給与やキャリアパス、労働時間などのデリケートな情報を企業が率直に開示することで、期待値の調整が可能となり、離職リスクを減らせる。
同センターでは、求職者と企業の従業員双方にアンケートを実施し、企業文化との適合度を分析する独自システムを導入。求職者の性格や業務適性を可視化し、マッチング率・シンクロ率80%を目指す。これにより、企業は最適な人材を採用でき、求職者も自分に合った職場を選びやすくなる。
さらに、採用後の教育支援にも注力。社内大学や動画マニュアルを活用し、従業員の成長を促進。労働環境の改善を繰り返すことで、企業の魅力を高め、優秀な人材の確保と業績向上を実現する好循環を生み出している。
宮本代表は「採用には、時代の流れや価値観を読み取るマーケティング力が不可欠」と強調。2024年7月には奥田真弘氏と共著で『採用の強化書』(KADOKAWA)を出版。応募者数255%増を実現した手法や、定着率向上の施策など、実例を交えて採用戦略のノウハウを紹介している。
20年以上にわたり中小企業の人事労務を支えてきた宮本代表は、今後も時代に即したサービスを提供し、企業の発展に貢献していく。
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人と人との関係性を大切にした組織体制をサポート
2024年8月に鹿児島で開業したブルーム社会保険労務士事務所は、三浦結花代表が一人で運営する新しい社労士事務所。結婚・出産を経て一念発起し、2023年に社労士試験に初挑戦で合格した異色の経歴を持つ。「働く人を支え、人生を豊かにしたい」という想いが原動力となった。
事務所の特徴は、通常の社労士業務に加え、職場環境の改善を目的としたワークショップ型研修の提供。従業員のやる気を引き出し、業績向上に繋げる独自のサービスで、開業半年ながら企業からの反響は大きい。
三浦代表は早稲田大学法学部卒業後、就職先でハラスメントを受けて退職。その経験から「働くことが人生の幸不幸を左右する」と痛感し、快適な職場環境づくりに関心を持つようになる。転勤族の夫と共に各地を転々としながら様々な職場を経験し、「人が働く場所で役に立てる存在になりたい」と社労士を志した。
鹿児島で就職した企業では、承認と感謝を重視した風土が業績向上に繋がっており、「人間関係とコミュニケーションが働きがいに直結する」との気づきを得た。
事務所名「ブルーム」は「花が咲く」の意味。従業員一人ひとりを花に見立て、個性や才能が開花する職場を目指す。自身の名前「結花」にも通じる想いが込められている。
研修では「持ち味カード」を活用し、個々の強みを“見える化”。互いの良さを認め合うことでチームワークとモチベーションを高める。三浦代表がファシリテーターとして企業に出向き、社員の持ち味を再確認しながら組織のコミュニケーションを活性化する。
研修は自己評価と他者評価を通じて自身の立ち位置を把握。参加者は終了後に笑顔と充実感に満ち、「楽しかった」「またやりたい」といった声が寄せられる。従業員だけでなく経営者の意識も前向きになり、業務の円滑化や業績改善にも繋がっている。
「ひとりひとりの『花』を咲かせ、組織を『満開の花束』へ」──異なる個性が集まり、それぞれの良さを活かすことで組織のパフォーマンスを最大限に引き出すことを目指している。
コーチングの学びを活かした“寄り添いの姿勢”も三浦代表の強み。法律の知識だけでは解決できない人の心や関係性に向き合い、親身な支援を続けている。
「働く人が幸せになれるように、やりがいを感じて生き生きと働ける職場づくりを支援したい」──新しい社労士像を追求する三浦代表の挑戦は、これからも多くの企業と人々に希望を届けていく。
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相続・遺言・家族信託、成年後見、経営コンサルティングのスペシャリスト
特定社会保険労務士・特定行政書士として活躍する山下清徳氏は、企業の人事労務や経営コンサルティング、個人の相続・遺言・成年後見など幅広い分野で多くの依頼を受ける士業家。38年間の会社員生活を経て60歳で独立開業し、埼玉県さいたま市に事務所を構えた。
大学時代に法律を学び、50歳を機に士業への転身を決意。会社勤めの傍らで社労士・行政書士・FPなど多数の資格を取得し、10年かけて人脈と実務知識を蓄積。開業後は口コミで評判が広まり、現在では依頼を厳選するほどの人気ぶりだ。
法人向けには会社設立、就業規則、雇用・退職手続き、助成金申請、許認可取得などを提供。個人向けには相続・遺言・家族信託、離婚、成年後見、終活支援などを扱う。特に近年は「おくやみハンドブック」経由で相続相談が急増。遺族が直面する複雑な手続きを、専門家として丁寧にサポートしている。
成年後見では、任意後見を中心に活動。財産管理だけでなく、入院や施設入居など生活面も支援し、被後見人の人生に深く関わる。「亡くなる瞬間まで安心を届ける」と語る山下氏は、自身の健康管理にも気を配る。過去には遺言なし・相続人不在のケースで、被後見人の叔父への遺産譲渡を裁判所に認めさせた実績もある。
企業顧問としては、法改正や助成金制度の変化に対応し、経営者に有益な情報を発信。社会保険加入義務化への対応策として新会社設立を提案するなど、緻密な戦略で企業の負担軽減を図る。設立から支援した設計事務所が年商1億円規模に成長した例もあり、外国人雇用支援など行政書士業務も並行して行う。
講演・執筆活動にも積極的で、若手士業家向けの研修講師として「成年後見と相続」「家族信託」など実務に直結するテーマを提供。著書『中年から「稼げる士業」になる!』では独立開業のノウハウを紹介し、他にも相続・遺言の実践書や会社設立サポートブックを執筆している。
山下氏が受ける依頼の多くは、他士業からの紹介によるもの。「誰もが断る難しい案件は山下先生へ」と評されるほどの信頼を集めている。その背景には、100以上の資格に裏打ちされた知識と、真摯に依頼者に向き合う姿勢がある。
「士業は資格だけではなく、人間力が問われる仕事です。だからこそ、日々の勉強と人との関わりを大切にしています」。気さくな人柄と誠実な対応、そして百戦錬磨の経験を併せ持つ山下氏は、士業の枠を超えた“人生の伴走者”として、今も多くの人々に寄り添い続けている。
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外国人雇用顧問、人材紹介、クラウドマッチングを用いた 業界トップクラスの総合力
外国人が日本で暮らし働くために不可欠な在留資格(ビザ)。その制度は複雑で、違反すれば法的責任を問われることもある。そんな不安を抱える外国人や企業の支えとなっているのが、港区六本木に拠点を構える谷島行政書士法人グループだ。
代表の谷島亮士氏は、大学在学中に行政書士試験に合格。合格率2.6%という難関を独学で突破した。運送業や外食業など様々な業界で働いた経験から「社会的に不利な立場にある人の力になりたい」との想いを抱き、行政書士の道へ進んだ。
補助者として行政書士事務所に勤務した後、大和ハウス工業に転職。営業職として年間1億円の受注を達成し、法令調査を駆使して地主の課題を解決するなど、問題解決力を磨いた。大企業の限界を感じ、2009年に独立。谷島行政書士事務所を開業し、外国人ビザ業務に注力するようになった。
現在は、外国人の就労ビザを中心に、許認可申請や行政法務顧問など幅広く対応。入管法令の改正や特区制度など複雑化する制度に対し、横断的な知識で突破口を探る。企業の採用方針に合わせたアドバイスや、外国人雇用に必要な許認可取得の支援も行っている。
さらに、外国人雇用の期限管理や法定帳簿の整備を支援するクラウドシステム「ビザマスター」を開発。顧問先に無償提供し、業務の効率化と安心を両立させている。2019年には公益社団法人外国人雇用機構を設立し、現場系外国人労働者の紹介サービスも開始。求人マッチングプラットフォーム「TAKUMIダイレクト」も展開予定で、外国人雇用のワンストップ支援体制を構築している。
事務所では、2人1組で案件に取り組む体制を採用。OJTを通じてスタッフの育成を促し、実務経験を重ねることで自律的な成長を支援している。リピーターや紹介による顧客が多く、業務は安定。残業も減り、働きやすい環境づくりにも成功している。
印象深い事例として、無国籍の幼児が退去強制の対象となった案件では、弁護士と連携し認知手続きと在留特別許可を取得。最終的に日本国籍を得るまで支援した。谷島代表の柔軟な対応力が、他事務所では扱えない難解事案の解決を可能にしている。
「最大よりも最高」を理念に掲げ、顧客の潜在ニーズを探りながら、唯一無二の価値を提供する谷島代表。事務所の規模拡大よりも、顧客の安心と社会貢献を重視し、同じ志を持つ他事業者との協業も視野に入れている。
外国人雇用の課題に真正面から向き合い、日本一の安心を届ける──谷島行政書士法人グループの挑戦は、これからも続いていく。
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志高い人材が集まり困った人々の元へ駆けつける
歩道橋の階段を、重い荷物を脇に置きながら一段ずつ上る高齢女性。その姿に気づいたとき、ためらわず手を差し伸べられる人はどれほどいるだろうか。株式会社スター交通では、スタッフが即座に駆け出し自然に支援へ向かうという。代表の碓氷浩敬氏は「輝くのは現場のスタッフ。私はその舞台を整える役目」と語り、社員一人ひとりが誇りを持って働ける環境づくりに力を注いでいる。
同社の柱の一つは民間救急事業。横になったままの通院や転院、医療処置を伴う搬送など、専門的配慮を要する移動を担う。意思疎通が困難な重篤案件にも対応できる体制を整え、コロナ禍では感染症患者の搬送に奔走した。2024年の能登半島地震では、航空自衛隊小松基地に運ばれた被災者を各地の病院へ搬送。不安を抱える傷病者に対し「これから向かう場所には電気や暖房があり、温かい食事もあります」と丁寧に伝え、心を落ち着かせた。高度な搬送技術だけでなく、安心を届けたことで、現地で“ヒーロー”と呼ばれた。
長時間の県外搬送では体位や車両の揺れに細心の注意を払い、痛みや不安を最小限に抑える工夫を重ねる。患者や家族から寄せられる感謝の言葉は、金銭的報酬とは異なる深い満足感となり、スタッフの自己肯定感と使命感を育てている。
イベント救護にも力を入れる。夏祭りではエアコン付きバスを救護室として配置し、熱中症や体調不良に対応。嘔吐の処理にあたっても「汚い」といった否定的な言葉は使わず、楽しい思い出が悲しい記憶にならないよう心を配る。また、日本に数少ない全身型訓練人形を用いた救命講習は実践的で、企業や介護施設から高い評価を得ている。
さらに特徴的なのが精神障害者搬送への取り組みだ。家族だけでは説得が難しいケースに対し、警察と連携しながら複数名で自宅を訪問し、時間をかけて対話を重ねる。収益性は決して高くないが、「最後の砦」として自傷他害を未然に防ぐ役割を担う。
バス事業では福祉輸送に特化し、保有車両の半数がリフト付きバスという充実ぶり。特別支援学校の教育旅行では救命士や有資格運転手が同乗し、教師の負担とリスクを軽減する。万一の発作や体調急変にも迅速に対応できる体制は、学校現場から厚い信頼を集めている。
車両や資機材への投資も惜しまない。業界平均を大きく下回る車齢を維持し、スタッフが誇りを持てる環境を整備。「お金は二の次。困っている人を助けることが最優先」と語る碓氷代表の姿勢は、無償協力の依頼にも表れている。規模の拡大よりも、付加価値が高く多くの人に感謝される分野で日本一を目指す――その志のもと、スター交通は今日も誰かの不安に寄り添い続けている。
社会課題を解決するロボットSI、環境プラント、海外展開でさらなる飛躍へ
大阪市に本社を構え、屋外用コンベヤ部品業界で国内トップシェアを誇る株式会社JRC。1961年の創業以来、コンベヤ部品の製造一筋に歩み続けてきた。同社の大きな転機となったのが、1989年に日本で初めて導入したコンベヤローラの自動組立ラインである。高精度かつ大量生産を可能にしたこの革新により、品質の安定化と供給力の飛躍的向上を実現。業界内で確固たる地位を築く礎となった。
主力製品である屋外用コンベヤローラは、製鉄、セメント、砕石、発電所、水処理施設、さらにはトンネルやダム工事といった社会インフラの現場で使用されている。粉塵や水分にさらされる過酷な環境下でも安定稼働が求められる中、同社が独自開発した非接触型「ラビリンスシール」は高い評価を得ている。迷路状の構造によって異物の侵入を防ぎ、内部ベアリングを長期間保護。耐久性を大幅に高めると同時に、シール部を含め全て鉄製とすることで分別不要のリサイクルを可能にし、環境負荷低減にも貢献している。
三代目社長の浜口稔氏は、2008年のリーマンショックを機に経営の方向性を大きく転換した。それまでの代理店中心の「待ちの営業」から脱却し、顧客の現場を訪問して課題を掘り起こす「ソリューション営業」へと舵を切ったのである。現場では、ローラの摩耗だけでなく、搬送物の落荷や付着、ベルトの蛇行といった設備全体の非効率が生産性や安全性を損なっている実態があった。そこで同社は、落荷防止リターンローラや掻き取りユニットなどを組み合わせた最適提案を実施。原材料ロスの削減、生産性向上、作業環境の安全確保を同時に実現してきた。その結果、国内シェアは52%にまで拡大している。
2018年には、自社工場の自動化で培った技術を基盤に、ロボットSI事業「ALFIS」を立ち上げた。食品・医薬品業界を中心に、ロボットの選定、設計、導入、保守までを一貫して支援。高速ピッキングシステムによる生産ロス削減や、計量・撹拌工程の自動化による品質安定化など、人手不足や衛生管理強化といった社会課題の解決に貢献している。単なる機器販売ではなく、工場全体の最適化を図る点が強みだ。
さらに同社はASEAN地域を中心に海外展開を加速。タイやインドネシアで実績を重ね、2024年にはタイのIFM社をグループ化し、現地ネットワークを強化した。加えて、ゴミ処理や水処理施設向けの環境プラント事業を独立領域として強化し、持続可能な社会づくりにも取り組んでいる。
「挑戦と即行」を行動指針に掲げ、「世の中の『不』をなくす」というビジョンを追求するJRC。顧客もまだ気づいていない課題を発見し、発展へと繋げるソリューションを創出し続けながら、産業と社会の未来を力強く支えている。
「インテント」を起点に世の中の企業のポテンシャル最大化を目指す
「インテントセールス」という新戦略で日本企業の営業変革を支援する株式会社Sales Marker。属人的で売り手本位になりがちな従来型営業から脱却し、データとAIを活用して顧客の興味関心(インテント)を起点にアプローチする仕組みを提供している。米国では約6割の企業がインテントデータを活用しているとされるが、日本ではまだ黎明期にある。同社を創業した小笠原羽恭氏は、その第一人者として市場を切り拓いてきた。
インテントセールスとは、企業の検索行動などのデータからニーズの兆しを捉え、営業・マーケティング活動を顧客起点で戦略的に自動化する手法である。BtoBの新規開拓では、飛び込み営業や大量架電といった人海戦術が主流で、商談化率は1%程度とも言われる。営業担当者の精神的負担も大きく、非効率な構造が長年の課題となってきた。同社はこの構造的問題を解消し、「感謝される営業」への転換を目指している。
主力サービス「Sales Marker」は、520万件超の法人データベースと企業インテントを組み合わせ、今まさにニーズが顕在化している企業を可視化。適切な部署や意思決定者へ直接アプローチすることを可能にする。BtoC領域では一般化しているデータ活用をBtoB営業に応用し、売上向上と業務効率化を同時に実現する点が特徴だ。2022年の正式提供開始からわずか2年で累計500社以上に導入され、ARRは30億円規模へと成長。大手企業を中心に、単なる営業支援ツールではなく成長戦略の一環として採用が進んでいる。
小笠原氏は大学卒業後、野村総合研究所に入社。新規事業や基幹システム開発に携わった。その後、技術力だけでは事業は創れないと痛感し、戦略立案力を磨くためベイカレント・コンサルティングへ転職。市場調査に数カ月を要し、その間に顧客ニーズが変化してしまう現実に直面した経験が、リアルタイムでニーズを捉える構想へと繋がった。
同社はさらに、顧客インテントを起点に施策が循環する独自概念「インテントホイール」を提唱。マーケティング、営業、カスタマーサクセスが連動し、成果を最大化するモデルを構築している。また、従業員一人ひとりのキャリア志向もインテントと捉える「インテント経営モデル」を掲げ、個人の挑戦と企業成長の両立を目指す。
将来的には、インテントデータとAIエージェントを融合させた「AIオーケストレーション構想」により、営業に留まらず採用やファイナンスなど経営全体の最適化へと支援領域を拡大する方針だ。「バックキャストで考え、動く」という行動指針のもと、Sales Markerは日本企業の成長速度を引き上げる存在として進化を続けている。
税理士でありながら海外MBAを持つ独自の強みを活かし顧客の悩みを解決
2024年、大阪で開業したYuki H1合同会社は、税務・経営・教育を横断する独自性の高い事業を展開している。代表を務める平井信行氏は、大阪国税局に36年3カ月勤務し、定年まで税務調査の第一線で活躍してきた人物だ。大企業向け税務調査を中心に、国際税務、特別国税調査官、査察部での臨検・捜査など幅広い業務を経験。税務署では総務課長として人事・総務マネジメントも担い、その功績により国税庁長官表彰を3度、大阪国税局長表彰を受けている。
「ストイックでのめり込むタイプ」と自己分析する平井氏にとって、税務調査は天職だった。転機となったのはMBAとの出会いである。調査を通じてMBAホルダーの経営層と接する中で、経営を体系的に学ぶ必要性を痛感した。英国のウェールズ大学大学院トリニティセントデイビッドMBAビジネススクールに進学し、「税務における不正取引が企業のコーポレート・ガバナンスに与える影響」をテーマに研究。2023年7月、退職と同時にMBA課程を修了した。
退職後は税理士法人で実務を学び、同年12月に平井信行税理士事務所、翌年2024年1月にYuki H1合同会社を設立。現在は「四つの柱」で事業を展開する。第一の柱はセミナー・研修講師業。東北大学での特別講義をはじめ、国際資格専門学校でCFE講師を務め、さらにマサチューセッツ州立大学大学院MBAで会計科目の講師も担当。日本語教師資格も取得し、技能実習生への日本語教育にも取り組むなど、教育分野で活動の幅を広げている。
第二の柱は経営コンサルティング事業。長年の税務経験とMBAで培った戦略思考、CFE(公認不正検査士)の知見を活かし、税務、戦略立案、リスク管理、コンプライアンスまで包括的に支援する。第三の柱は税理士事業で、法人税務や税務調査対応を中心に顧問業務を展開。専門性の高い分野は外部と連携し、迅速かつ柔軟な体制を整えている。第四の柱は財務監査事業で、上場企業の社外監査役就任も予定されるなど、信頼は着実に広がっている。
平井氏の座右の銘は「時間は有限、努力は無限、後悔は永遠」。この言葉を胸に学び続け、挑戦を重ねてきた。開業1年足らずでメディア出演や書籍出版も果たし、今後は講師業の拡大と税務・監査分野でのさらなる社会貢献を目指す。「他者にはない独自のスキルで社会に貢献したい」という信念のもと、平井氏の挑戦は続いていく。
美味しくて健康になるスイーツや産学官民連携への参画など様々な施策
災害大国・日本にあって比較的自然災害が少なく、穏やかな暮らしの環境が整う群馬県中南部。この地でコンセプトタウンの運営などを手がけるのが、株式会社ケーウィルである。代表の賀川裕司氏は、「“ケー”は私のイニシャル。“ウィル”は意志や未来。『意志を以て未来を創る』という想いを込めた社名です」と語る。同社の根幹にあるキーワードは“ウェルビーイング”。身体・精神・社会的に満たされた状態を指すこの概念を軸に、人と人とのつながりを育むまちづくりを実践している。
香川代表は従業員2万人超の大手電子部品メーカーで定年まで勤め上げた。企業の看板に頼らず「賀川という人間で評価されたい」との思いから、在職中よりマーケティングや経営理念を学び、戦略にも深く関わってきた。転機は2017年の地域イベント登壇。中小企業経営者らの生の声に触れ、「社会課題を解決するビジネス」の必要性を痛感する。2023年5月に定年退職し、翌6月1日に同社を起業。65歳での挑戦だった。
同社のパーパスは「住・食・人のハーモニーでウェルビーイングなまちを創る」こと。中でも最も重視するのが“住”である。安全で誇りを持てる住環境は人生の基盤になるとの考えから生まれたのが、和と園と憩いのまち「蒼海宿」だ。前橋城を想起させる外観と宿場町の趣を融合させ、旧養蚕農家をモチーフにした戸建て賃貸住宅5棟を整備。白壁と木目の外観、檜の内装、家庭菜園用の畑や物見櫓、充実のセキュリティとIT環境など、心を掴む住空間を実現した。空きが出れば即座に入居希望者が現れる人気ぶりである。
“食”の拠点として2024年に開業したのがテイクアウト店「蒼海宿あかり」。無添加志向と地産地消を掲げ、規格外野菜も活用しながら独創的な惣菜やスイーツを提供する。低カロリー・低GIのさつまいもラテやフルーツヨーグルトケーキは「食べるほど健康に近づく」を体現する商品。Eコマース化も可能だが、「直接手渡しで笑顔を見たい」と店頭販売にこだわる。
さらに、幼稚園と連携した“体験型おにぎり”や体験農場など、非認知能力を育む教育活動も展開。子どもたちが買い物や栽培を体験し、自信を育む場を提供している。防災コンサルティングや産学官連携による未来都市構想も進行中で、目指すのは地域への誇り――シチズンプライドの醸成だ。
経済価値だけでなく社会価値を重視する時代へ。ウェルビーイングを指標に、住む人が幸せを実感できるまちを創ること。それが香川代表の描く未来であり、ケーウィルの挑戦なのである。
外国人スタッフを積極的に登用、海外市場開拓も本格化
創発システム研究所は、工学博士で電気工学専攻の中堀一郎氏が創業した。2025年4月に創業25周年を迎え、道路トンネルの換気制御システムや高速道路の交通計測システムというニッチ市場で、先進的な製品やサービスを提供している。中堀氏は京都大学で電気工学を学び、大学院修了後、三菱電機に入社。中央研究所でサイリスタを活用したインバータ技術や道路交通流理論の研究に従事し、中央自動車道恵那山トンネルの換気制御ソフトを開発。その後、制御製作所に移り、公共事業に関わる12年間で道路トンネルのコンピュータ制御システムを手掛け、関越トンネルの換気検討委員も務めた。公共部長や産業システム研究所所長として研鑽を積み、定年前に独立を決意した背景には、米国コロンビア大学でのマネジメント研修で企業経営の奥深さを知った経験がある。
創業当初は三菱電機の道路トンネル換気制御ソフトウェアのライセンスを取得し、ソフト開発から事業を開始。「モデルベース予測換気制御ソフトウェア」は英国ダンディー大学との共同研究で完成し、道路会社の標準仕様として多くのトンネルに適用されている。省エネ運転を可能にする「インバータ換気動力盤」は、国際換気学会で発表し最優秀論文賞を受賞、特許取得した。さらに、レーザー技術を活用した車両検知器「レーザトラカン」も開発。従来のループ式トラカンに比べ、設置やメンテナンスが容易で精度も高い。
現在の主力事業はソフトウェア、インバータ換気動力盤、レーザトラカンの3本柱で、従業員数は23名。ジェットファン用インバータ換気動力盤は兵庫県「ものづくり大賞」や発明賞を受賞、日本国内150台のジェットファンに採用されている。レーザトラカンはNEXCOの標準仕様となり、累計約200セットを納品。降雪時の精度低下も点群処理アルゴリズムで改善され、多車種検知に対応する開発も進む。JICAのODA事業により、ネパールやフィリピンのトンネル設備にも換気制御盤とインバータ換気動力盤が導入される予定だ。
海外展開にも積極的で、現在5カ国8名の外国人スタッフを採用し、全社員の約3分の1を占める。神戸本社では日本語、英語、フランス語が飛び交っている。
今後はアジア地域を中心とした「リージョナルニッチトップ」を目指すと同時に、少子高齢化や人手不足に対応したAI活用の道路インフラ維持・管理システムの開発にも注力。従来のノウハウをAIに組み込み、少人数でのオペレーションやメンテナンスを可能にするシステム構築を推進。「常にイノベーションを会社の推進力とする」という創業精神を維持し、国内外での成長を目指している。
稀代のヒット商品“HB-101”で世界中に100%以上の幸せを
「えっちびーいーち♪まーるいち♪」で知られる株式会社フローラ(三重県四日市市)は、天然植物活力液「HB-一〇一」と、それを活用した多彩なバイオ商品の開発・販売で知られる。創業者でHB-一〇一を生み出した川瀬善業氏は、「植物技術と自然力で世界中を100%以上の幸せにする」ことを使命としている。HB-一〇一は、スギ、ヒノキ、マツ、オオバコから抽出した天然液で、植物の生長を促進し収穫量を増やすほか、病気や害虫から守り、農薬を使わずに安全に栽培できる。花や樹木、野菜、米などあらゆる植物に使用可能で、環境にも優しい製品だ。
川瀬代表が子ども時代、農薬による自然破壊を目の当たりにした経験と、蔵で発見した古文書が開発のヒントとなった。地元の山野から素材を採取し、小学校の理科室で試作を重ね、昭和53年に本格的に販売を開始。商品名の「HB-一〇一」は、「ハッピー」「バイオ」「100%以上」の意味を込め、植物技術で人々を幸せにする願いを表している。
販売開始当初は農家の理解を得るのに苦労したが、川瀬代表自ら農家を訪問し、安全性を示すためコップの水にHB-一〇一を垂らして飲むパフォーマンスを行うなど、実演を重ねて普及させた。現在では全国で約100万人の個人顧客がおり、ホームセンターや農協など5000店以上で販売され、世界50カ国以上に輸出されている。
フローラは、HB-一〇一を活用したサプリメント「HB黒にんにく粒」や無農薬茶「緑のまほろば」など30種類以上の商品を展開。HB黒にんにく粒は独自の乳酸発酵技術で栄養価を高め、ユーザーから好評を得ている。緑のまほろばも丁寧に栽培され、国内外で高い評価を受ける。各商品には、純植物性消臭液の〝ニオイノンノ〟やペット用健康食品の〝ニャンケンポン〟、栄養機能食品の〝ワスレヘン〟など、川瀬代表自らユニークな名称を付け、消費者の興味を引く工夫も凝らされている。
現在、フローラの社員は116名。全社員が明るく働く環境を重視し、月例の「笑顔コンテスト」など社内活動も活発だ。エネルギッシュな川瀬代表は75歳ながら現役で商品開発や販路開拓に携わり、健康法として毎日スクワット300回、玄米と魚と野菜中心の食事を実践。目標は「150歳まで生きること」であり、事業を通じた社会貢献への挑戦を続けている。社員や地域と共に成長する姿勢は、創業以来の理念「全ての人々を幸せにする」を今なお体現している。
緊急地震速報機器と保育施設向けIP無線機の普及に尽力
人間の記憶は時間と共に曖昧になる。地震や津波、水害などの災害も例外ではない。1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災は甚大な被害をもたらしたが、報道で思い出す人も多い。近年では2024年の能登半島地震や南海トラフ地震臨時情報で防災意識は高まったが、持続するとは限らない。
「備えるだけでなく、災害時に必要なものを日常から溶け込ませておくことが重要です」こう語るのは〝当たり前の防災を体現する〟を企業理念に掲げ、防災を日常に根付かせる事業を行う、株式会社ニシハタシステムの西畑恭二代表。
同社は緊急地震速報機器の普及や保育施設向けIP無線機の導入など、防災意識を日常化する事業を展開する。緊急地震速報は、数秒前に揺れを予知し、死傷率を最大95%減らせるが、企業への普及率は低い。そこで同社は、災害時に無料で飲料を提供する自動販売機との提携で、企業負担ゼロで機器を設置可能にした。企業は災害対策と社員の安全確保を同時に実現でき、飲料メーカーは社会貢献活動としての評価も得られる。
特に幼児のいる保育施設では、災害時に迅速な判断や情報共有が必要である。同社のIP無線機「伝シリーズ」は、スマートフォン感覚で全国どこでも使用でき、園内外の職員に一斉伝達が可能だ。日常業務で使用することで、災害時の混乱を防ぎ、保育環境を守る。2025年2月現在、約3000園が導入し、内線や散歩時、送迎バスで活用されている。無線機を日常的に使うことで、災害発生時も操作に戸惑わず、即座に避難や安全確保に動けることが強みだ。
また、同社は災害支援団体と連携し、能登半島地震後の保育施設復旧のためクラウドファンディングや無償貸与を実施。日本保育防災協会として、防災講習や動画配信も行い、約4500名以上の園関係者が参加している。西畑代表は「恐怖や衝撃は徐々に薄れる。過去から学び、日常的に防災意識を保ち、災害時に予断なく行動できる力を育てることが業界の役割」と話す。
岩手県宮古市重茂姉吉地区には、1933年の津波について伝えた石碑がある。ここに刻まれているのは「津波はここまで来る。ここより下に家を作ってはならない」という旨の忠告だ。東日本大震災で、これを守り続けた区民全員が生還を果たした。
ニシハタシステムはこの石碑のように長く、そしてこれより広く防災の重要さを啓蒙すると共に、被災し困難に見舞われた人々へと、その手を差し伸べ続けていく。
国や業界に先駆けた施策と社員の才能開花により一流企業へと成長する
愛知県名古屋市の味噌たまり醸造の名家、深田家。その分家に当たる深田鉦太郎氏が大正時代の1921年に電気器具を販売する深田商店を創業したことが、現在の深田電機株式会社の原点となる。鉦太郎氏はアイロンやスタンド、自転車ランプや懐中ランプの小売りを行い、自作の電気自動車を走らせるなど、新しい技術への探究心に富んでいた。
第二次世界大戦後の1945年、鉦太郎氏の死去に伴い、息子の耕一氏が深田商店を引き継ぎ、1947年に深田電機株式会社として改組。三代目の深田理恵代表は、「父は堅実で和を尊ぶ人。母と共に会社を大きくしてくれた」と振り返る。耕一氏の時代に数々の事業所を開設し、卸問屋・代理店ルートを確立したことが、同社の礎となった。
深田代表は1979年、大学で学んだプログラミングを活かし、社内システム開発を担当。約17年かけて基幹システム「マルチオン」を完成させ、現在も活用される。この経験を経て、単なる電材卸しから「環境ソリューション企業」を目指す方針を打ち立てた。「子育てを通じて環境破壊への危機感が強まり、地球を美しいまま残す企業を目標にした」と話す。2000年には社是を「for your life, for our globe」と定め、社員やユーザーの生活と地球環境を同時に守る理念を掲げた。
2005年に社長に就任した深田代表は、営業経験がない中で「社員の給料を上げること」を最優先課題とし、売上50億円突破を2013年度に達成。その過程で「無理と思える目標設定」が社員の潜在能力を引き出すきっかけとなった。売上増に伴い、「一流企業並みのボーナス」「国家公務員並みの給与」「社員のライフステージに合わせた働き方」の三本の矢を策定し、社員満足度の向上を実現。
環境面でも積極的に取り組み、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)での本社建築や、省エネ補助金制度の専門相談員設置、中小企業版SBT認定取得など、常に時代の先端を走る。さらに育児支援制度や子ども食堂支援も実施し、社員が胸を張って働ける環境を整備した結果、離職率は低く、優秀な人材が集まり続ける。
2025年4月現在、娘の亜矢子氏が次期代表としてDX化を推進。深田代表は「ペロブスカイト太陽電池の普及でエネルギー自給自足を目指す」と語る。住宅で自宅発電を可能にすることで、災害時でも生活を守り、火力や原子力に依存しない持続可能な社会の実現を目指す。鉦太郎氏の創業、耕一氏の基盤構築、深田代表の発展、そして亜矢子氏による新事業創出――深田電機は、社会と地球環境の両方に貢献する企業として、未来へと歩みを続ける。
積極的なSNS発信やイベント開催が日本で唯一無二の価値を生む
パナレーサー株式会社は自転車用タイヤとチューブの専業メーカーとして日本唯一の存在であり、2022年に創業70周年を迎えた歴史あるオンリーワン企業である。すべてメイドインジャパンの高品質だ。地域密着型のライドイベントは全国から参加者が集まり、地域創生にも貢献している。
代表取締役社長の大和竜一氏は、足利銀行時代のホテル再建事業やソフトバンク・インベストメントでのベンチャー企業支援、老舗日本酒メーカーの再建など、数々の中小企業再建の実績を持つ。その経験を元に2020年にパナレーサーの社長に就任。就任当時は、元大企業のグループ会社時代の体制が残っており、潜在力が十分に活かされていなかった。しかし、大和社長は「人の心を変革すること」が企業改革の鍵であると考え、社員の意識改革を重視した。
2021年には社名ロゴを刷新。ターゲット層を若年層へと変更し、若手社員にSNS運用を任せることで自社製品の魅力を広く発信。絵本の出版や取材対応など、SNS以外の発信活動も行い、社外への情報発信と社員のモチベーション向上の両立を図った。
国内市場では、就任時に5%程度だったロードバイク用タイヤのシェアを回復させるべく、基幹商品をリニューアル。新商品「Panaracer AGILEST」や、10周年を迎えた「GRAVELKING」の刷新によって国内シェアを約20%まで伸ばした。大和社長は社員たちの個別ノウハウを統合し、商品開発をプロジェクトマネジメントしつつ、パッケージデザインまで戦略的に主導した。
同社のライドイベントは、地域活性化にも貢献している。北海道ニセコ町でのイベントは、初回100名から2024年には約650名が参加する盛況ぶり。社員も運営やサポートライダーとして参加し、地域との交流を深めながら自社製品のPRと文化普及を同時に進めている。
海外市場にも積極的に展開を進め、中国ではロードバイクユーザーへの認知向上を図りつつ、地元イベントの開催も検討中。アメリカでは販売会社を設立し、eコマースを軸に展開。グラベルライド用タイヤ「GRAVELKING」を世界中のライダーに届けることを目指す。
大和社長は、「仕事にやりがいを持ち、楽しむことこそ良い仕事の鍵」と語る。社員には自由な発想で挑戦する環境を与え、全員が生き生きと働き、国内外でパナレーサーのブランド価値を高めている。企業理念である「喜び・楽しみ・安心・安全」を届ける使命を胸に、同社は日本のみならず世界のサイクル業界を牽引し続ける。
あらゆる社会課題を解決するオンリーワン企業
「社員一丸で、世界中に幸せを届けることを目指して毎日頭と体をフル回転させています」こう語るのは日本テクノロジーソリューション株式会社の代表取締役社長 岡田耕治氏だ。1976年、岡田氏の父が機械メーカーとして岡田電気工業を設立。タクシー配車システムや自動巻き寿司機など、各業界の課題解決に繋がる製品を開発したが思うように売れず、大手電機メーカーの下請けにシフト。1981年に法人化を果たす。
1999年、岡田氏は30歳で社長に就任。ブラウン管から液晶への市場転換期に直面するも、海外メーカーとの価格競争で従来事業は厳しい状況となった。そこで2001年、内需型の三品産業(食品・化粧品・医薬品)向けに独自製品を開発する方針を打ち立て、熱旋風式シュリンク装置「TORNADO®」を誕生させた。初期にはカスタマイズ対応によるクレームも発生したが、標準化とオプション追加仕様への改善で軌道に乗せた。
2004年には社名を日本テクノロジーソリューションに変更し、新たな事業として製造業特化のコンサルティングを開始。2008年には手法を変え、企業の魅力を発信するメディア事業へと進化させた。ドキュメンタリーサイト「ものづくりの挑人Rたち」の制作・放送により、製造業の優れた技術を世に伝える取り組みが注目を集めた。
2018年には移転し、1階が工場、2階は全面ガラス張りの開放的なオフィス。100人収容可能なカフェ、海外クライアント用の和室など、多様な交流と協業を意識した空間になっている。壁面には岡田氏自筆の「和魂」の筆文字が掲げられ、多様な人材が「和える」企業文化を象徴する。
2021年には企業パーパスとして「地球をワクワクに変える」を制定。翌年には第3の事業柱として、日本酒業界活性化プロジェクト「酒輪(しゅりん)」を立ち上げた。消費者ニーズと酒造会社の強みをマッチさせた商品を企画・開発し、ECサイトで直販する仕組みを構築。卸や小売を介さない前例のない販売スタイルで、1年足らずで好調な成果をあげている。
現在、同社は①熱旋風式シュリンク装置TORNADO®の製造・販売、②メディア事業による製造業支援、③酒輪プロジェクトの3本柱で事業を展開。すべてが密接にリンクし、同社の歴史と岡田代表の経験が詰まった事業体となっている。
岡田氏は「社会課題の間隙を見出し解決することでクライアントに感激を与えることが当社の存在意義」と語る。スタッフの成長や活躍を最優先に考え、フルマラソンに若手と参加するなどアットホームな関係を築きながら、独創的な事業でオンリーワン企業として確かな存在感を放ち続けている。
“真・質重視の実践”により《経営の質》・《人間の質》・《仕事の質》を高め続ける
民俗学者・柳田國男が『遠野物語』を著したことで知られる兵庫県神崎郡福崎町。その地に本社を構えるのが、1957年創業の福伸電機株式会社である。塑性加工(プレス加工)を原点に事業を興し、時代の要請に応じて金属接合、切削、表面処理、樹脂成形、さらには機器組立へと技術領域を拡張。設計から製造、販売までを一貫して担う体制を築き上げてきた。
経営理念は「顧客第一の精神に徹し、価値ある商品を供給して社会の発展に貢献する」「優れた人材を育成し、一流企業として社業の繁栄と社員の幸福を築く」。三代目社長の宮内健三郎氏はこれをさらに進化させ、「真・質重視の実践」を掲げる。《経営の質》はコンプライアンス遵守と強固な財務基盤、《人間の質》は礼節や思いやり、当事者意識、《仕事の質》は基本を愚直に守る高品質なものづくり――この三位一体で企業と人の持続的成長を実現する考えだ。
金融機関出身の宮内代表は2008年に入社。製造課長として現場に立ち、納期遵守や品質向上、原価低減に取り組みながら製造業の本質を学んだ。2022年の社長就任後も現場重視の姿勢は変わらない。同社の強みは、金型・治工具・設備を自社設計製作できる技術基盤にある。顧客のラフな構想段階から参画し、企画提案から量産まで導く対応力で「困った時の福伸さん」と厚い信頼を得ている。
受託製品は自動車、航空機、住設、産業機器など幅広い。売上の過半を占める自動車分野では、EV化という大転換にも柔軟に対応。内燃機関向け小型部品から大型電動部品へと変化する中でも、培ったプレス・加工技術と人材力で新領域を切り拓く。航空機分野ではJISQ9100やNadcap認証を取得し、エンジンの重要部品を製造。非破壊検査を前提とした高度な品質管理体制で、命を預かる製品づくりに挑む。
自社製品も存在感を放つ。養殖用自動給餌機は改良を重ね国内高シェアを確立。AIやITを活用した遠隔給餌管理システムにより、フードロス削減や省人化を実現する。高齢者向け電動カート「ポルカー」は累計3万台超を販売し、衝突防止機能も搭載。さらに医療教育向け外科手術練習キットを大学と共同開発し、将来的な医療分野参入を見据える。
社員約760名(派遣含め約950名)を擁する同社は、交通立ち番や清掃活動、地域行事への参加など地元貢献にも積極的だ。人材育成では約40講座の「Fukushinアカデミー」を展開し、中堅が若手に教える循環型教育で技術を継承。さらに顧客への「感動対応」を掲げ、細やかな心配りで信頼を積み重ねている。
「昨日より少しでも成長する企業でありたい」と語る宮内代表。真・質重視を軸に、顧客と地域、そして社会に貢献する歩みを着実に続けている。
見えないところまで美しい建物を造り、管理し活かし続ける
株式会社アキテムは、電気設備工事業、リニューアル工事業、総合ビル管理事業、プロパティマネジメント(PM)事業の四事業を柱に展開する総合建物サービス企業である。企業理念は「価値ある建物を技術をもってつくり活かし続け、そこに関わる全ての人をゆたかにすること」。2017年、鯉渕健太郎代表取締役社長は理念を“人”によりフォーカスした内容へ刷新した。建物そのものではなく、その先にいる顧客、社員、協力会社、テナントなど、関わる全ての人々の豊かさを実現することが使命だという考えに基づく。
創業以来の基幹事業である電気設備工事業では、集合住宅やオフィスビル、学校、ホテル、福祉施設など多様な建物において、設計積算から施工管理まで一貫して担う。竣工後も保安点検や維持管理へとつなげ、「つくって終わりにしない」体制を確立。10年、20年先を見据えた価値提供を重視している。リニューアル工事業では、美観向上だけでなく、空調・給排水・電気設備、外壁内部など目に見えない部分まで踏み込んで提案。LCC(ライフ・サイクル・コスト)を意識した中長期修繕計画を策定し、建物の資産価値と安全性を守る。
総合ビル管理事業では建物ごとに専任担当を配置し、24時間365日対応可能な体制を整備。経済産業省認可の電気保安法人として高圧受変電設備の点検も担うなど、専門性の高い管理を実現している。さらに2019年に本格始動したPM事業では、不動産オーナーに代わりテナント対応や収支管理、運営戦略立案などを担う。ただし業務を包括的に請け負うのではなく、「今必要な部分」に特化した提案でコストと効果の最適化を図る点が特徴だ。四事業が密に連携する“四位一体”体制により、建設から運用までワンストップで支援する。
その代表例が、江東区にある延床約2万3000㎡の特別高圧受電設備を備えたオフィスビル案件である。管理受託を契機に中長期保全計画を提案し、改修工事やPM業務へと発展。当初10億円超とされた設備更新計画を数億円規模まで圧縮し、技術力と連携力の相乗効果を示した。
鯉渕代表は「モノを見るだけでなく人を見る」姿勢を社内に浸透させることを重視。2024年にはロングライフビル推進協会へ入会し、中長期保全の価値を再確認した。さらにホワイト企業認定シルバー取得、D&I推進、外国籍人材採用など多様性ある組織づくりにも注力。属人化を排しつつ個の成長を促す仕組みを整え、持続的成長を目指している。
「思考し、行動し、そして感動する」というポリシーのもと、既存の建設・不動産業界の枠にとらわれない独自のポジション確立を掲げるアキテム。100年企業を視野に、建物と人の未来を支え続けていく。
強度行動障害の人々が自分らしい生活を送ることが出来る暮らしの場
千葉県鎌ヶ谷市の閑静な住宅街に、利用者たちの笑い声が響く共同生活援助事業所「ヒロイチホーム」がある。運営するのは株式会社ヒロイチ・カンパニー。1~3号館とS館の計4棟を展開し、強度行動障害のある人々が地域の中で安心して暮らせる環境を整えている。
代表の佐藤弘江氏は、自閉症で強度行動障害のある息子を育ててきた当事者でもある。東京女子医科大学短期大学卒業後、大学病院で看護師として勤務し、その後は看護教員として後進の育成に尽力してきた。幼い息子の特性に向き合いながらも夢を諦めず、家族や支援者の力を借りて学び続けたという。転機は夫の急逝だった。将来、両親の介護と息子の支援を同時に担う現実を前に、息子の入所を決断。しかし強度行動障害を理由に長期入所を断られた経験から、「安心して暮らせる場所を自分でつくる」と起業を決意した。
2014年、住み慣れた鎌ヶ谷市で1号館を開設。周囲の環境や安全面に配慮し、利用者が落ち着いて過ごせる設計を施した。続いて2号館、3号館、S館と拡充。S館では介助しやすい広い水回りや見守りやすい動線を採用するなど、現場経験を生かした改良を重ねている。現在は長期入所に加え、家族の事情に応じた短期入所にも対応。地域にとって欠かせない社会資源となっている。
日々の支援では、食事や入浴介助だけでなく、季節行事や誕生日会、散歩など生活の楽しみを大切にする。利用者が安心できる「日常」を守ることが、問題行動の予防にも繋がるからだ。看護師としての専門性も強みで、体調変化の早期発見や医療機関との連携、服薬管理まで的確に判断できる点は家族の信頼を集めている。
さらに佐藤代表は「利用者だけでなく家族も支える」姿勢を貫く。写真や近況報告を丁寧に共有し、保護者が安心して自分の時間を持てるよう配慮。保護者の心の余裕が、結果的に利用者の幸福に繋がると考える。
組織づくりにも工夫がある。スタッフを得意分野ごとに班編成し、班長を任命。責任と誇りを持てる体制でモチベーション向上を図る。週1回のミーティングで情報共有を徹底し、支援の質を磨き続ける。人材の多くは紹介による採用で、理念に共感する仲間が自然と集まっている。
障害福祉施設への偏見を払拭するため、講演や書籍執筆などの啓発活動にも注力。2024年には一般社団法人日本文化振興会より社会文化功労賞を受賞した。今後は訪問看護ステーション設立も視野に入れ、医療と生活支援をより密接に結び付けたい考えだ。
息子と歩んだ道のりを力に変え、誰もが自分らしく暮らせる社会の実現へ、ヒロイチホームの挑戦はこれからも続いていく。
独自の仕組みで店舗運営のバックオフィス業務を代行
千葉県鎌ヶ谷市の閑静な住宅街に、利用者たちの笑い声が響く共同生活援助事業所「ヒロイチホーム」がある。運営するのは株式会社ヒロイチ・カンパニー。1~3号館とS館の計4棟を展開し、強度行動障害のある人々が地域の中で安心して暮らせる環境を整えている。
代表の佐藤弘江氏は、自閉症で強度行動障害のある息子を育ててきた当事者でもある。東京女子医科大学短期大学卒業後、大学病院で看護師として勤務し、その後は看護教員として後進の育成に尽力してきた。幼い息子の特性に向き合いながらも夢を諦めず、家族や支援者の力を借りて学び続けたという。転機は夫の急逝だった。将来、両親の介護と息子の支援を同時に担う現実を前に、息子の入所を決断。しかし強度行動障害を理由に長期入所を断られた経験から、「安心して暮らせる場所を自分でつくる」と起業を決意した。
2014年、住み慣れた鎌ヶ谷市で1号館を開設。周囲の環境や安全面に配慮し、利用者が落ち着いて過ごせる設計を施した。続いて2号館、3号館、S館と拡充。S館では介助しやすい広い水回りや見守りやすい動線を採用するなど、現場経験を生かした改良を重ねている。現在は長期入所に加え、家族の事情に応じた短期入所にも対応。地域にとって欠かせない社会資源となっている。
日々の支援では、食事や入浴介助だけでなく、季節行事や誕生日会、散歩など生活の楽しみを大切にする。利用者が安心できる「日常」を守ることが、問題行動の予防にも繋がるからだ。看護師としての専門性も強みで、体調変化の早期発見や医療機関との連携、服薬管理まで的確に判断できる点は家族の信頼を集めている。
さらに佐藤代表は「利用者だけでなく家族も支える」姿勢を貫く。写真や近況報告を丁寧に共有し、保護者が安心して自分の時間を持てるよう配慮。保護者の心の余裕が、結果的に利用者の幸福に繋がると考える。
組織づくりにも工夫がある。スタッフを得意分野ごとに班編成し、班長を任命。責任と誇りを持てる体制でモチベーション向上を図る。週1回のミーティングで情報共有を徹底し、支援の質を磨き続ける。人材の多くは紹介による採用で、理念に共感する仲間が自然と集まっている。
障害福祉施設への偏見を払拭するため、講演や書籍執筆などの啓発活動にも注力。2024年には一般社団法人日本文化振興会より社会文化功労賞を受賞した。今後は訪問看護ステーション設立も視野に入れ、医療と生活支援をより密接に結び付けたい考えだ。
息子と歩んだ道のりを力に変え、誰もが自分らしく暮らせる社会の実現へ、ヒロイチホームの挑戦はこれからも続いていく。
サプリメントを軸にジュニア世代をサポートする会社を目指す
2014年設立の株式会社エメトレは、サプリメントを軸に子どもたちの成長を多面的に支える企業だ。創業から11年、事業は着実に拡大。従来の理念「子どもたちの元気と笑顔と家族の愛であふれる社会を創る。」をミッションに据え直し、新たに「人々の心身の健康に貢献し、笑顔あふれる社会の実現を目指すとともに、全社員の物心両面の幸福を追求する。」という経営理念を策定した。顧客満足を高めるには従業員満足の向上が不可欠――その考えのもと、社内制度も刷新している。
主力商品は発売10周年を迎えた成長期向けサプリメント「ドクターセノビル」。アルギニンを1日5,000mg摂取できる点を強みに市場を切り開いた。発売当初は苦味による継続率の低さに悩まされたが、配合量の調整や味の改良(ぶどう味からグレープフルーツ味へ変更)によりリピート率を改善。安全性試験も実施し、長期飲用の安全性を検証した。さらに2018年には国際アンチ・ドーピング認証「インフォームドチョイス」を取得し、トップアスリートも安心して利用できる体制を整えた。
創業者の千明哲治代表は元大工。体力仕事の将来への不安と、わが子の成長に励まされた経験から「子どもたちの役に立つ事業」を志した。一方、製薬会社MRだった岩中駿介副社長は、対症療法中心の医療に疑問を抱き、予防や栄養面から健康を支えたいと起業を模索。二人の「成長期の子どもを支えたい」という想いが一致し、エメトレが誕生した。
2019年にはスポーツを頑張る子どもたちを応援するブランドへとリブランディング。ロゴ刷新やトップアスリートの起用でイメージ向上を図った。2024年11月には亜鉛・鉄・GABA・乳酸菌などを追加しリニューアル。味を維持しつつ機能性を高める改良を重ねた。現在はエナジージェルや女子アスリート向け製品、学習サポート商品なども展開し、台湾をはじめアジア市場へ販路を拡大している。
ジュニアアスリート支援「チームセノビル」には世界や全国大会を目指す選手が在籍。さらにレバンガ北海道のSDGs活動や千葉ジェッツふなばしの地域プロジェクトにも協賛するなど、社会貢献も積極的だ。YouTubeチャンネル「To be Stronger」ではトップ選手の情報発信を行い、子どもたちの挑戦を後押しする。
同社の本質は「みんなに世界へ羽ばたいてほしい」という願い。商品提供にとどまらず、挑戦する子どもと家族を支える循環を生み出し、笑顔あふれる社会の実現を目指している。
技術コンサルティング、受託開発まで請け負う独自の事業を展開
戦後の焼け野原から復興を遂げた日本は、驚異的な高度経済成長を経て世界を席巻する“ものづくり大国”となった。トヨタや日立、松下、東芝などの企業が世界市場で圧倒的な存在感を示し、日本製品の品質と技術力は世界に誇れるものだった。しかし、21世紀に入りアメリカや中国の台頭、新興国の成長により、日本の製造業はかつての勢いを失った。そんな中、「日本人特有の緻密さや器用さは今でも世界一。この強みを武器に、再び世界に誇れるものづくり大国に復活させたい」と語るのが、株式会社セルネオテック代表取締役の菅原慎也氏である。
2014年、59歳で独立した菅原代表は、山梨にてセルネオテックを設立。社名には「セル=潜在能力を持つ細胞」「ネオテック=新技術への挑戦」という意味を込め、一人でも高い成果を発揮できる柔軟性を表している。創業当初はゼロからのスタートだったが、以前の職場での先輩から大規模プロジェクトへの参加依頼を受け、成功裏に完遂。その後は紹介や口コミで仕事が広がり、信頼関係を基盤とした事業成長を遂げた。
菅原代表の事業は、大きく技術コンサルティングと受託開発の二本柱で成り立つ。技術コンサルティングでは、製造業の設計・製造現場の改善や社員教育、知財支援を提供する。特に3D-CADの実践的活用法に力を入れ、設計と加工を直結させる「スキマ設計」の概念を広めている。これは、従来の2D設計で行われていた手作業や微調整を3D設計で省き、現場の負担を軽減する手法である。受託開発では、顧客企業の技術を生かしたオリジナル製品の開発を請け負い、医療機器、車部品、消費者製品、機械設備など幅広いジャンルで成果を上げている。特に土橋製作所との共同開発で生まれた介護チェア「リクチルⅡ」は、背面と座面が連動する独自機能により日本福祉工学会の技術賞を受賞し、製品として市場でも高い評価を受けた。
69歳となった現在も菅原代表は「一生現役」を掲げ、若手技術者の教育や日本のものづくり産業の活性化に注力している。「自分が関わった製品や技術が世の中で役立つことに喜びを感じる。良い仕事をすれば良い製品ができるし、手を抜けば結果は正直に返ってくる。それがものづくりの醍醐味だ」と語る。座右の銘はナポレオン・ヒルの「人は思った通りの人間になる」。どんな困難でも諦めず想い続ければ実現できるという信念を、半世紀にわたるものづくり人生で体現してきた。現場第一でのプレーヤーとして、また後進を指導する導き手として、菅原代表は今後も独自の活動を通して、日本の製造業に貢献し続ける存在である。
若者が魅力を感じられる働きやすい職場環境を追求
TOTALMASTERS株式会社は、独自開発した油圧ショベル後付けガイダンスシステム「WAKUTECH」を駆使し、土木工事現場の効率化や働きやすさ向上に取り組む企業である。「WAKUTECH」は2017年から本格的に始まった新規事業で、日本の土木業界が抱える3K問題に挑戦する試みだ。創業者である玉里芳直代表は、現場の働き方を安全で格好良く、無理なく行える環境に改善したいと、情報通信技術(ICT)を活用した独自のシステム開発に着手した。建機に後付け可能なガイダンスシステムは、従来の現場の属人的な作業をデジタル化し、効率性と安全性を同時に向上させることができる。
独立当初は地域密着型の下請け業者として活動していたが、東日本大震災で被災地復興支援に赴いた経験が、玉里代表の仕事観を大きく変える。地元の人々に感謝される中で、自身が本当にやりたいのは困っている人々に役立つ仕事だと再認識した。さらに、国土交通省主導の「i-Construction」に触れ、建設現場の次世代技術の可能性を実感。ICTを用いた施工やデータ化によって、職人の勘や経験に頼らず、誰でも効率的に高品質な工事を行える仕組みに大きな魅力を感じた。
この経験を踏まえ、2017年頃から独自にシステム開発に着手。開発には元SONYの技術者、前川博俊氏の助力があった。前川氏は玉里代表の構想に共感し、技術的な課題を解決する重要なパートナーとなった。さらに、ブランドロゴは初代プレイステーションのデザイナーに依頼するなど、ブランディングにもこだわり、「WAKUTECH」の世界観を確立した。システムは、建機に取り付けたGNSS受信機やIMUセンサー、専用アプリで構成され、現場での作業を効率化。MGS(マシンガイダンスシステム)は販売せず、普及のため初期コストを抑え、より多くの現場で利用できるよう工夫されている。さらに遠隔操作やベテランの技術蓄積を可能にするMCS(マシンコントロールシステム)も導入し、将来的なAI活用や無人建機操作の布石とする。
2025年にはベトナムやインドネシア、インドなどアジア地域への展開を視野に入れ、日本で培ったICT施工ノウハウを提供し、環境負荷の軽減や災害復興支援にも貢献する計画だ。限られた資金やリソースの中でも、ブルーオーシャンであるi-Construction分野の深掘りにこそ商機があると分析する玉里代表の挑戦は、デジタルと現場の融合によって、土木建設の未来を切り開こうとしている。
高い安全性と類まれなデザインを実現する技術力
香川県の株式会社川上板金工業所は、三代にわたり金属屋根の製造から施工まで一貫して手掛け、地元を中心に愛知県から宮崎県まで西日本全域で活躍してきた。一級建築士や一級技能士、一級施工管理技士など多くの国家資格保持者を擁し、高い技術力を誇る。三代目代表取締役の川上正城氏は「家族、仕入れ先、お客様に感謝。感謝は最高の気力である」という社訓を掲げ、社員や関係者への感謝を経営の根幹に置いている。
創業は1934年、祖父がこんぴらさん麓で始めた小さなブリキ屋に遡る。1968年には皇居新宮殿の屋根葺き工事に従事し、香川県で唯一、四国では二社しか携われなかった権威ある工事を経験したことが、会社の誇りとして受け継がれている。二代目の父の時代には下請けから独立し、社内で製造から施工まで行える体制を整え、川上氏自身も現場経験を積みながら国家資格を取得。CADでの設計や製図も習得し、専門性を高めた。2013年に代表取締役に就任すると、財政基盤の安定化、工場の機械刷新、5Sの導入などを進め、職場環境と生産性の改善を図った。
同社の経営理念は、社員の幸福、安全な職場づくり、地域社会の発展、環境保全、信用・信頼の追求の五本柱に基づく。製品の中心である「クローザーシリーズ」は、強風や積雪に耐え、断熱性・結露防止にも優れる金属屋根で、グッドデザイン賞を四度受賞。製品の魅力を伝える「グッドデザインミュージアム」と、金属屋根の歴史や道具を展示する「板金ミュージアム」を開設し、地域に新たな観光資源を提供している。
太陽光発電事業では5カ所の発電所で約340世帯に電力を供給し、災害時の自家消費型発電システムも整備。学習施設や避難所機能を持つ「K-カルチャーセンター」、遊具や日本庭園を備えた「K-パーク」も運営し、地域住民や観光客が集える場を提供している。
安全・健康面でも徹底しており、防災士資格を持つ社員を6名擁し、今後5年で過半数の資格取得を目指す。社員向けインセンティブや研修、イベントの開催などに取り組み、健康経営優良法人やスポーツエールカンパニーに認定されている。地域イベント「四国の夏祭り」や大阪・関西万博への出展も行い、文化や産業を通じて地域振興に寄与。祭りでは阿波踊りやよさこい、書道パフォーマンスなど多彩な催しが並び、社員と地域が一体となる空間を提供している。
川上板金工業所は、金属屋根の製造施工だけでなく、防災、観光、エネルギー事業など多方面で地域に貢献し、屋根を通して人々の安全と安心を守るとともに、文化や地域の価値を次世代へ伝える取り組みを続けていく。
人材力と業界の一歩先行く取り組みで躍進
東大阪市に拠点を置く株式会社トクラ大阪は、食品卸売業界で設立以来成長を続け、革新的な取り組みを次々に実施している。主に小麦粉やイーストなどのパン・菓子原材料を扱い、ベーカリー、ホテル、レストランなどに提供している。代表取締役の杉江正治氏は「スタッフ全員が楽しく働き、力を発揮できる舞台づくりこそが私の役割」と語り、社員を何よりも重視する経営を貫く。
杉江氏は大学卒業後、オプテックスに入社し、マーケティングや販促ノウハウを徹底的に学んだ。その後、義父が経営する戸倉商事に転職し、阪神淡路大震災で受けた会社のダメージを受け止め、配送営業として業務に邁進した。小分け販売(リパック)をネット販売に発展させ、全国一律送料を導入することで、当時まだ主流でなかったEC事業を成功させ、会社の新たな柱に育てた。こうして得た経験は、後にトクラ大阪設立時の基盤となった。
2014年、トクラ大阪は大阪進出の機会を得て設立。老舗問屋から事業譲渡を受け、既存スタッフも継承することでスムーズに事業を開始した。2016年の新社屋移転により、スタッフの意識が一体化し、業務改善が加速した。設立10年で売上は約3倍となり、2024年には15億円を達成。これは、スタッフが自ら考え、主体的に行動できる組織文化の成果でもある。
同社が設立以来大切にするのは配送営業。「戸倉商事からの伝統で、自社スタッフが営業も兼務して行う配送スタイルにこだわっています」
こうしたスタイルが、「他社との差別化に繋がる」と杉江代表。「我々卸売業者が扱う商品のほとんどは、他社も取り扱うコモディティ化したもの。お客様にはスタッフの質で価値を感じていただきたいのです」
スタッフは商品知識だけでなく、顧客への提案力や対応力、人としての品性を磨くことで、顧客から「少々高くてもトクラさんから買いたい」と思われる関係を築いている。
人材育成に大きな力を注ぐ杉江代表は、自社を「人づくりの道場」と表現する。
「〝一儲け〟とは、〝人もうけ〟であり、人が育つところに企業の繁栄も訪れると思っています」
さらに、業務のDX化や社外向け講習会の開催、海外取引への挑戦など、業界慣習に捉われない取り組みも積極的に行っている。杉江氏は「好きな言葉は〝ナガタナガサキ〟。相手の幸せを先に考える生き方を社風に根付かせ、社員と共に新たな挑戦を続けたい」と語る。
〝仕事が好きで人が好き〟。四六時中、トクラ大阪のこと、そこで頑張るスタッフのことを考える杉江代表。今後も考え抜く力を武器に、業界がアッと驚く、一歩先いく取り組みを世の中に示し続けていく。
社員の成長と志の成就を助ける“ 共に幸せに生きる”ための理念経営
ジェイリース株式会社の代表取締役社長 中島土氏は、ビジョンに「信用を保証して安心を生み出し、誰もが自分の人生をまっとうできる社会をつくる」と掲げ、ビジョンの示す未来に向かい、着実に歩みを進めている。
大分県に本社を置き、全国37都道府県40拠点(2025年3月時点)に展開、社員約400名を擁するジェイリースの主な事業は、保証関連だ。住宅や事業用物件の家賃債務保証、医療費保証、ひとり親家庭の養育費保証など、多様な形で社会の安心を支える。企業理念には「全社員と私たちに関わる全ての人の幸せを追求します」とあり、凡事徹底と人生二度なしの信条を掲げ、理念に沿った経営を行う中島社長の情熱は社員に深く浸透している。
中島社長は、父である中島拓会長が創業した2004年からの会社の歴史を尊敬しつつ、2012年に入社。親孝行の思いと会社への恩返しを胸に、業務に取り組んだ。社長に就任した2023年は、父の後を継ぐ重責に不安もあったが、理念経営を実践することで、社員を応援する立場として自らの役割を確立した。「社員やお客様と共に幸せに生きること」を判断基準に据え、経営の決定を行っている。
社員の成長を重視する施策として、会議の進め方も変化。未達成項目に注目するのではなく、達成した社員や拠点を称賛する文化を根付かせた。任意参加の理念マネジメント勉強会や社員主導の木鶏会も実施され、社員各々が挑戦を恐れず自己成長できる環境が整った。結果、5期連続で増収増益を達成し、新卒社員の3年連続離職ゼロも実現している。
事業面では家賃債務保証が柱。転居や事業開始など人生の大きな変化をサポートし、住宅確保要配慮者への支援も強化している。医療費保証は入院費の未収債権問題を解消し、地域の医療難民を防ぐ社会貢献となっている。海外展開も視野に入れ、2025年3月には台湾に準備室を設置。ノウハウを活かした現地支援を計画している。
さらにグループ企業エイビスのシステム「TRUSTA」や、外国人向け不動産事業「あすみらい株式会社」、法人化したジェイリースFCによる地域貢献や人材育成など、多角的に社会に貢献している。大分大学での講義も好評で、多くの学生が中島社長の理念に共感し、新卒応募の動機になっている。
中島社長は「社会に貢献できるから企業は存在を認められる」と語り、より多くの人々の幸せを追求し、日本最大のプラットフォームを目指す。トップシェアの達成は目的ではなく、より多くの幸せを生み出す手段として位置付けている。2025年のテーマは「志」。社員が個人としても企業としても、燃えるような願望を実現できる環境を整え、人生をまっとうできる社会づくりに邁進していく。
新人営業マンもベテラン営業マンと変わらぬ精度とスピードで買取査定
全国15拠点を展開し、4つの主要企業を傘下に持つ株式会社property technologiesは、不動産とテクノロジーを融合した事業を展開する企業だ。不動産売買事業を祖業とし、プロパティ(不動産)とテクノロジーの力を掛け合わせることで、従来の慣習にとらわれない不動産取引の仕組みを構築してきた。その象徴ともいえるサービスが、日本最大級のiBuyerプラットフォーム「KAITRY(カイトリー)」である。AIを活用し、最短5秒で物件の売買価格を提示、早ければ3日以内に現金化できる仕組みは、売却の不透明さや時間的負担を大きく軽減している。
濱中雄大代表取締役社長は大学進学後、不動産業界で起業するための経験を積むべく、大手不動産会社へ入社。休日が月に1日という厳しい環境の中でも成果を出し続け、最年少で支店長や営業本部長を歴任した。
2000年には満を持して独立し、株式会社ホームネットを設立。アパート事業や戸建て事業などを手掛け、着実に成長を遂げたが、2008年のリーマンショックにより経営環境は一変する。しかし、前職で売上が大きく増減する局面を経験していたことから、過度に悲観することなく、適切な施策を講じて困難を乗り越えた。その後は中古マンション再販事業に注力し、事業の軸を明確化していく。
同社が大きく飛躍した背景には、早くからデータの重要性に着目してきた点がある。2013年頃から物件データの本格的な蓄積を開始し、競合他社の取引価格や成約情報を収集。現在では年間約3万6千件の物件情報を扱い、全国約17万棟あるマンションのうち約9割のデータを保有するまでに成長した。この膨大なデータを基に開発されたのがKAITRYであり、実際の成約価格に近い高精度なAI査定を可能にしている。
KAITRYは個人の売却ニーズに留まらず、金融機関の資産評価業務にも活用されている。従来は把握が難しかった成約価格を基に査定できる点が評価され、SaaSとしての提供も開始。利用が拡大することでAI学習が進み、査定精度のさらなる向上にもつながっている。
近年は金利上昇や市場環境の変化を見据え、ファミリータイプのマンションを中心とした商品戦略へ転換。投資と実需の両面で出口戦略を描ける点に着目し、安定した収益モデルを確立した。営業面でもテクノロジーを積極的に活用し、経験の浅い若手社員でも高精度かつスピーディーな提案が可能な体制を整備。チームで成果を共有し、全員で成長する組織づくりを進めている。質の向上に徹底的にこだわる同社は、不動産業界を新たなステージへ導いていく。
低侵襲且つ待機時間の少ない手術などにより患者の不安を軽減する
社会医療法人生長会ベルランド総合病院は、「低侵襲治療で安全な医療」をテーマに、高度な急性期医療を提供。最先端の医療機器を備え、がん治療や救急、周産期医療を中心に幅広い治療に取り組む。片岡亨院長は、海外での研鑽を経て循環器内科のカテーテル治療の先駆者として活躍し、「病気だけでなく、患者さん一人ひとりの人生を重視した医療を行いたい」と語る。同院では、腹腔鏡・胸腔鏡手術や内視鏡手術、カテーテル治療を積極的に導入しており、整形外科では人工股関節・膝関節置換術にロボティックアームを活用している。CT画像と連動して傷んだ骨を削り、人工関節を正確に設置できるため、中堅や若手の医師でも高精度の手術が可能であり、膝の内側・外側のみを削る部分置換により生来の骨を温存してリハビリもスムーズに進められる。また、胸腹腔鏡手術用ロボット「da Vinci Xi」を導入し、泌尿器科だけでなく外科や呼吸器外科、婦人科など幅広い診療科で使用。2024年には従来の2倍以上の年間手術件数に増加した。
同院は「待たせない・断らない」をモットーに掲げ、手術までの待機期間を短縮する取り組みを重視。2024年には堺市初のハイブリッド手術室を2室設置。紹介患者もほぼ全診療科で3日~1週間以内に診察予約が可能となり、再度紹介状を求める手間も省かれている。がん患者向けのヒーリング会や、独居高齢者や介護者へのサポート、診療看護師(NP資格)を含む専門看護師の育成などにも注力。循環器内科では、TAVR(経カテーテル大動脈弁置換術)、左心耳閉鎖術、卵円孔閉鎖術、不整脈のアブレーションなど幅広い治療を行い、2025年には新システムの導入でアブレーションの手術時間を大幅に短縮。安全性も向上した。
同院では整形外科、循環器内科、形成外科などの密な連携により、高齢者の大腿骨頸部骨折などリスクの高い患者にも迅速な手術を提供し、二次骨折予防にも注力。FLS認定シルバーを取得し、院内チームとして高い評価を得ている。また、周産期医療では「赤ちゃんに優しい分娩・育児」を推進し、母子同室や母乳育児に取り組み、NICUでも両親と触れ合える機会や搾乳サポートを提供することで、全国でも数少ない「Baby Friendly NICU」を取得。緩和ケアも院内で継続して提供可能で、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)も積極的に実施している。
今後は健康診断件数の増加や法人内データの一元化を活用した迅速な検査連携を進め、病気の早期発見に努める計画。低侵襲治療、救急医療、がん治療、周産期医療、緩和ケアまで、患者の安心と安全を第一に考えた高度医療を提供し、堺市の医療圏において中核的な役割を果たしていく。
80周年を目前に、時代に即した医療体制を再構築
1946年、河野正医師によって福岡県糟屋郡に開設された診療所がルーツとなる医療法人済世会は、2026年に80周年を迎えた。父の跡を継ぎ、現在は河野正美理事長がグループの陣頭指揮を執る。人口減少や少子化など時代の変化に即した効率的な医療体制の構築と、河野理事長が掲げる「患者が雨上がりに見える虹を見て清々しさを感じられる病院づくり」を目指す「にじいろプロジェクト」の一環でもある。
河野正医師は医療法人済世会を立ち上げ河野病院、河野名島病院を順次開設し、地域医療の基盤を整えた。正医師は医療だけでなく政界にも進出し、41歳で衆議院議員に当選。その後30年近くにわたり医療政策に携わった。正美理事長は父の政治活動中に東京で生まれ、小学校までは東京で過ごしたが、両親の選挙区である福岡へ戻った。高校生の時には父の病院を継ぐ決意を固め、愛知医科大学を卒業後、大学院進学や病院勤務を通じて医師としての経験を積み、1998年に河野病院の院長に就任。7年間、チーム医療を重視した会議や診療方針の共有に取り組み、患者一人ひとりを支える医療体制を構築した。
2005年に理事長に就任した河野正美は、現場経験を踏まえた病院運営に軸足を移し、患者の幸福を実現する「にじいろプロジェクト」を推進。名称には「病が癒え、雨上がりの虹を見た時のような清々しい気持ちを患者に届けたい」という思いが込められている。このプロジェクトでは退院後の就労支援を目的とした作業所「にじいろベーカリー」の開設や、グループホームの増設・移設、プレミアムルームの設置など、患者の治療や社会復帰を支える取り組みが進められた。2012年には一時政界に転身し、衆議院議員として医療制度改善に尽力した後、2017年に理事長職に専念。政治経験を活かして医療現場の課題解決に取り組んでいる。
2025年には本院閉院に伴う2院体制への移行によりスタッフ数も300名超から200名規模に減少したが、河野理事長は残ったスタッフへの責任感を強く抱き、病院運営を持続可能な形で再構築している。受診相談窓口を一本化しフリーダイヤル化することで、患者や家族、地域医療機関との連携を強化し、迅速な治療提供を可能にした。また、新たにレスパイトケア(短期入院による介護者支援)を導入し、介護負担軽減にも取り組む。外部スタッフの雇用にも工夫を凝らし、地元の女子硬式野球選手やインドネシア出身の人材を看護補助スタッフとして採用することで、多様な力を病院に取り入れ活性化を図っている。済世会は創設から80年を迎える節目の年、知恵を絞りつつ、新しい体制と挑戦を通じて地域に必要とされる医療を提供し続けようとしている。
分かりやすい言葉で意思疎通を図る努力が信頼を得る
神奈川県茅ヶ崎市にある「茅ヶ崎内科と呼吸のクリニック」は、地域密着型の医療を70年続けた加藤医院を継承し、2022年4月に改称して新たなスタートを切った浅井偉信院長が率いる呼吸器内科専門のクリニックだ。浅井院長は、呼吸器疾患の診療を通じて患者の症状の原因を「謎解き」のように探るプロセスに魅力を感じ、開業医として専門性の高い医療を提供する道を選んだ。クリニックには複数の呼吸器専門医が在籍し、幅広い患者のニーズに対応できる体制を整えている。
浅井院長は高校卒業後、3年間の浪人生活を経て医学部に入学。学費は奨学金で賄いながら、野球部主将としてチームをまとめるなど、困難を乗り越える経験を重ねた。医師になって内科研修で呼吸器内科を選択すると、患者との深い問診を通じて症状の原因を突き止める診療に魅了され、「自分が患者に必要とされる喜び」を実感。この経験が、開業医として患者とじっくり向き合う道へとつながった。
呼吸器内科の特長は多岐にわたる疾患への対応力だ。感染症、がん、アレルギー、間質性肺炎、膠原病など多くの病態に対応でき、循環器や腎臓、消化器の知識も必要とされる。浅井院長は、症状の原因を探る「問診」を最も重視し、患者の生活背景や家族歴、生活環境などを丁寧に聴取することで、データだけでは分からない情報を得て診断につなげている。このアプローチにより、長年治らなかった慢性的な咳や複雑な症例も改善してきた。
クリニックでは、患者の要請を断らない体制を構築するため、呼吸器内科医を8人揃え、各医師が同じ水準の診療を提供できるよう150ページに及ぶ診察マニュアルを作成。専門医同士で知見を共有し、総合病院並みの診断・治療が可能な体制を実現している。また、ブログなどを通じた情報発信にも力を入れ、遠方からの患者や医療機関からの相談も増加している。
将来的には、茅ヶ崎に加えて2026年春に平塚駅近くに分院を開設予定。CTや内視鏡など検査機器を充実させ、ワンストップで専門診療を提供できる体制を拡充する計画だ。浅井院長は「問診を重視する現在の体制を崩さず、患者とのコミュニケーションの質を高めながら診療体制を拡大する」ことを強調している。
浅井院長の医療理念は、患者の立場に立った丁寧な診療と、チーム体制で専門性を最大限に発揮することにある。「鶏口牛後」という言葉の通り、小さな組織でも先頭に立って自ら切り開く姿勢を貫き、患者にとって信頼できる唯一無二の呼吸器内科クリニックを目指している。
世界一のクリニックを目指し積極的に海外へ展開
加齢と共に訪れる老化は、遺伝子変異や免疫力低下、細胞機能の衰え、酸化や糖化、ホルモン減少などによって誰にでも起こる。生活習慣病やがん、足腰の痛みといった健康問題だけでなく、しみ・しわ・たるみなど美容面の悩みも引き起こす。しかし医療の力によって、老化の進行を緩やかにし、健康と美しさを保つことは可能だ。
医療法人社団羅美 La Vie clinic(ラヴィクリニック)は、「健康の上に美は成り立つ」という理念のもと、内側と外側の両面から自然なアンチエイジングを実現する全国でも珍しい医療機関である。
構想の原点は、33年間心臓外科医として多くの手術を手がけてきた土田隆雄理事長の思いだった。生活習慣病が重篤な疾患の背景にあることを痛感し、予防医療の重要性に着目。さらに、見た目の若さと身体の健康が密接に結びついていることに気づき、「内外からのアンチエイジングを同時に提供する医療機関」を目指した。
その志に共鳴したのが、統括院長の平松恵梨医師と院長の長野美樹医師である。平松医師は美容皮膚科と再生医療を担当し、自然な仕上がりにこだわる。ヒアルロン酸や脂肪注入では顔全体の構造やバランスを見極め、必要最小限の施術で健康的な美を引き出す。再生医療分野では学会参加や研鑽を重ね、安全性と有効性を最優先に提供している。
長野院長は小顔治療を得意とする美容外科医。脂肪吸引やスレッドリフト、ボトックスなど幅広い施術に対応する。特に注目されるのが「LipoLife(ライポライフ)」を用いた脂肪吸引だ。レーザーで結合組織をほぐしながら脂肪細胞を壊さず吸引するため、出血や負担が少なく、皮膚の引き締め効果も期待できる。さらに採取した脂肪は注入治療や再生医療にも活用可能だ。麻酔科専門医と心臓血管外科指導医が常駐し、安全管理を徹底している点も大きな強みである。
再生医療も同院の柱だ。脂肪由来幹細胞や幹細胞培養上清液を用い、慢性疼痛や脳梗塞後遺症、皮膚疾患などに対応。実際に劇的な改善を示した症例もあり、今後の医療の可能性を広げている。ただし万能ではなく、適応を見極めた上で慎重に提供する姿勢を崩さない。
同院が何より重視するのは「この患者にとって本当に最適な医療は何か」という視点である。必要でなければ希望の治療を断ることもある。説明には1時間以上かけることも珍しくない。質の高い医療はあくまで手段であり、目的は患者の人生と笑顔に寄り添うことだ。
洗練された空間、専門性の高い医師陣、ホスピタリティあふれるスタッフ。健康と美を切り離さず支える独自のスタンスで、ラヴィクリニックはこれからも妥協なき医療を提供していく。
個々の患者に合わせたオーダーメイドの医療を提供
東京・南麻布の一等地に位置する医療法人社団康梓会 SAWAKO CLINIC×YS。経営者や会長職などの富裕層や著名人も訪れる同院は、「エイジマネジメント」と「プレシジョンメディシン(個別最適医療)」を軸に掲げる完全予約制の自由診療クリニックだ。予防医療、ゲノム栄養学、分子栄養学指導、再生医療、がん免疫療法まで幅広く提供し、単なる治療ではなく“健康長寿=ロンジェビティ”の実現を目標としている。
中心となるのは、エイジングマネジメントの第一人者である日比野佐和子統括院長と、再生医療のスペシャリスト林田康隆理事長が長年研究を重ねてきた幹細胞治療だ。林田医師は世界の再生医療研究を牽引する大阪大学で角膜再生医療に従事し、日本初の保険収載再生医療等製品「ネピック®」「オキュラル®」の開発にも関わった実績を持つ。基礎研究から臨床応用までを知る立場だからこそ、民間医療の質向上に強い使命感を抱いている。
林田医師は、日本の再生医療には大学研究と民間医療の間に制度や評価の壁が存在すると指摘する。大学では厳格な承認制度のもと時間をかけて研究が進む一方、民間ではスピード感をもって治療が行われる。その双方の長所を融合し、民間で得られた症例データを学会や論文へと還元する仕組みを構築することが、日本全体の医療水準向上に繋がるという考えだ。
同院では脂肪由来間葉系幹細胞を用いた全身治療をはじめ、幹細胞培養上清由来のエクソソームを活用するセルフリーセラピー、NK細胞による免疫療法、自己線維芽細胞注入療法などを展開。細胞そのものを用いる治療と、分泌因子を活用する治療の双方を組み合わせることで、より安全性と効果の両立を目指している。加えて、研究機能を強化する「ロンジェビティ研究所」構想も進行中だ。
さらに、生物学的年齢を測定する「エピクロック®テスト」を導入。DNAメチル化解析に基づき老化速度を数値化し、個別の生活改善やサプリメント提案へとつなげる。再検査により若返り効果を可視化できる点は、抗加齢医療における大きな前進と言える。これまで約500名のデータを蓄積し、論文化も進めている。
関節痛や脳梗塞後遺症の改善、妊娠成功例など、従来治療では難しいとされた症例にも変化が現れているという。再生医療と機能改善指導を組み合わせることで、身体の根本からの回復を図る姿勢が特徴だ。今後は海外富裕層向けの展開も強化し、日本発の再生医療を世界へ広げていく構想を描く。
「誰もが世界一と認めるロンジェビティのクリニックを創りたい」。民間と大学の知見を融合し、確かなエビデンスを積み重ねながら、日本の再生医療を次の段階へ押し上げる挑戦が続いている。
血流を改善させることで難治性の症状にも対応可能
下長内科クリニックは、地域に密着した医療を提供し、1日およそ100人の患者が訪れることからも地域住民の信頼の厚さがうかがえる。外来診療に加え、19床の入院設備を備え、通院が困難な患者には訪問診療も行うことで、個々の状況に合わせた医療サービスを実現している。三上信久院長は、西洋医学と東洋医学を融合させた独自の治療法で、開業から30年以上にわたり地域住民の健康を支えてきた。「一人でも多くの患者を治したい」という思いを胸に、日々診療に打ち込む三上院長の姿勢は、地域から絶大な信頼を得ている。
三上院長は弘前大学医学部に入学し、漢方を専門とする医師のもとで学び東洋医学の知識を深めた。卒業後は札幌徳洲会病院に勤務し、他の医師より遅いスタートながらも実力をつけ、八戸市の民間病院で経験を重ねたのち、医師不足の地域である八戸市下長に開業した。地域に根ざしたプライマリー医療を提供し、外来診療に加えて入院・在宅医療も行うことで、患者を最後まで支える姿勢を貫いている。
開業当初は患者集めに苦労したものの、インフルエンザ流行時に懸命な治療を行ったことで、徐々に地域住民からの信頼を獲得。現在では外来患者数は約100人、入院ベッド19床もほぼ満床で、在宅医療も実施し通院困難な患者のケアも行っている。三上院長の治療は、西洋医学で症状の即時改善を行い、東洋医学の漢方で全身のバランスを整えるという独自の方法だ。特に慢性疾患や原因不明の体調不良に対しては、「瘀血(おけつ)」の状態を改善するために抗凝固剤ワーファリンを使用し、その後に漢方薬を併用する「ワーファリン治療法」を確立。血流改善によって漢方薬の効果を最大化し、患者の症状改善に結びつけている。
三上院長は治療だけでなく、日常生活でのセルフケアも重視し、運動や入浴、腹式呼吸などで血流を促進する「養生」の考え方を患者に指導。自身も化学調味料を避け素材の美味しさを活かす食生活を続けるなど、生活習慣の管理で健康を維持している。約40年にわたり地域医療に尽力してきた経験から、三上院長は「これまで診てきた患者は教科書のような存在」と語り、後進の医師に自身の治療法を継承したいと考えている。
症状に着目する西洋医学と全身のバランスに注目する東洋医学を組み合わせ、ワーファリン治療法をはじめとした独自の診療を提供し続ける三上院長。その昼夜を問わない献身的な姿勢は、地域住民の健康を守るだけでなく、エクセレントドクターの名にふさわしい医師像を体現している。
低侵襲で安全なインプラントが患者に生き甲斐を与える
歯を失った場合の治療法には、ブリッジ治療、入れ歯、インプラント治療の三つがある。ブリッジは両隣の健康な歯を削る必要があり虫歯や歯周病のリスクが高く、入れ歯は噛みにくく生活上のストレスになる。一方、インプラントは手術は必要だが、健康な歯を削らず強く固定されるため硬いものも噛め、最期まで美味しい食事を楽しむことができる。こう語るのは、医療法人社団一仁会 日本橋インプラントセンターの玉木仁理事長である。
玉木理事長は1982年に新潟大学教育学部を卒業後、教職には就かず歯学部に再入学。1993年に卒業し勤務医を経て義父の歯科医院に入職する。1990年代当時、日本ではインプラントはほとんど普及しておらず、実践する歯科医師は「悪徳」と見なされ批判も強かった。しかし海外の学会でインプラント治療の有効性を知り、患者のニーズに応えるため最適であると確信。1996年に医療法人社団一仁会を設立し、2001年に東京日本橋インプラントセンターを開業した。
逆風の中、玉木理事長は症例を積み重ねると同時に、啓蒙活動を重視。月1回の一般向け説明会や自著、メディア出演でインプラントの正しい理解を広めた。患者に「迷ったら安全を取る」を信条とし、安全性を重視した治療を提供している。患者層は主に50~80歳だが、96歳の超高齢者にも低侵襲手術を成功させ、最期まで自分の歯で食事を楽しめる環境を提供した事例もある。
治療には1回法を採用し、ティッシュレベルインプラントとSLA加工を組み合わせることで長期安定性を確保。歯科医師、歯科技工士、歯科衛生士がチーム医療で治療とメンテナンスを行う。院内に技工所を併設し、仮歯を即日作製するなど患者負担を最小限に抑える体制も整える。インプラントの長期症例では27年以上問題なく機能していることも確認されている。
患者対応では、下から目線で話すことで話しやすい雰囲気を作り、信頼関係を構築。従業員には有給100%消化や月1回のちゃんこ鍋提供など福利厚生を充実させ、長期的に質の高い治療を維持できる環境を整える。これらの取り組みで、同院を訪れる患者の100%がインプラント治療を希望し、2025年までに担当症例は4000名以上、1万2000例を超える。
玉木理事長は「インプラント治療で自分の歯で食事ができることは、生きる希望につながる」と語る。半身麻痺で寝たきりだった患者もインプラントにより食事が可能になり、回復への意欲を得た。長期良好経過を重視しつつ、安全で快適な治療を提供する姿勢は、患者に生きがいを与える医師としての信頼に直結している。今後も「迷ったら安全を取る」という信条のもと、患者が幸せな人生を送るための治療を続けていく。
全国レベルの腕前を持つ内視鏡外科手術のエキスパート
富山県射水市で地域医療を支え続けた尾島外科胃腸科医院は2019年に閉院したが、2024年に尾島クリニックとして再び開業した。院長を務める尾島敏康医師は、胃がんや大腸がんの腹腔鏡手術、内視鏡外科手術、ロボット手術に豊富な実績を持つ全国的に名高い外科医である。幼少期から地域医療に尽力する父の背中を見て育った尾島院長は、金沢医科大学を卒業後、和歌山県立医科大学消化器外科に入局。手先の器用さを活かし、腹腔鏡やロボット手術の分野で早くから頭角を現した。小さな腹部切開で手術を行う腹腔鏡手術は患者への負担が少なく、医療界でも評価が高い。
父の病を契機に地域医療への責任を感じ、50歳の節目で開業を決意。尾島外科胃腸科医院の跡地に尾島クリニックを開院し、これまで培った技術をがんの早期発見と予防に活かすことを目指している。クリニックでは妹の土山奈央美医師が内科、弟の尾島敏彦医師が外科を担当し、生活習慣病や外傷など幅広い診療に対応可能。兄弟で協力することで患者の多様な悩みに応えられる体制を整えている。
尾島院長は開業医としての喜びを「患者との触れ合い」に見出す。勤務医時代は手術が中心だったが、開業後は頭痛や発熱といった日常の症状から診断し、患者との距離感を近く感じられることに充実感を覚えている。
同院は内視鏡検査に力を入れ、オリンパス製の高性能スコープと狭帯域光観察(NBI)を用いて微細な粘膜変化を検出し、がんの早期発見を目指す。胃内視鏡では経鼻内視鏡も選択可能で、大腸内視鏡は鎮静下で痛みを最小限に行う。発見したポリープは可能な限りその場で切除し、再発リスクを抑える。また、肛門外科では従来の切除手術に加え、注射で痔を小さくする「4段階硬化療法ジオン注射」を実施。射水市で同施術が可能なのは尾島院長のみである。
尾島院長は診療に際し「希望に応えられるよう、まずは患者の話を聞く」姿勢を重視する。手術や治療においては、チーム医療のリーダーとして最善の選択を尽くすことを信条とし、開業医としても経営・運営の面でベストを尽くす。さらに、休診日を利用して富山県内の病院で後進医師に腹腔鏡・ロボット手術を指導し、地域医療の発展にも貢献している。
近年、大腸がん患者が増加する中、尾島院長は40歳を過ぎた方への定期的な内視鏡検査を推奨し、早期発見による予防と治療を提供する。勤務医時代から追求してきた最先端医療の知識と技術を地域の患者に還元し続ける尾島院長は、まさにエクセレントドクターとして地域医療の未来を支えている。
手術だけに捉われず栄養療法や漢方によるサポートも実践
埼玉県さいたま市大宮区の「鼻・副鼻腔クリニック大宮」は、鼻の手術と幅広い治療で患者のQOL向上を目指すクリニックだ。院長の金谷毅夫医師は、これまでに延べ6000例以上の鼻手術を手掛けるスペシャリストであり、極めて少ない出血量で行い、術後の鼻詰め物を不要にする低侵襲手術を実践している。鼻の詰まりやアレルギー性鼻炎、花粉症による症状改善は、日常生活の快適さや食事の楽しさに直結するため、金谷院長は「鼻の改善は豊かな生活に繋がる」と話す。
金谷院長は幼少期には精神科医を志していたが、耳鼻科の教授に勧められ耳鼻科へ進む。耳、鼻、頭頸部の中で「最も面白く、しっくり来た」のが鼻の手術だった。勤務医時代、多くの手術に取り組む一方、大きな病院では機材導入や治療法の改良が難しく、より高度な治療を提供するため2020年に独立。開業後は、自身の希望に沿った最新機器の導入や診療方針の反映を迅速に行える体制を整えた。
同院の主軸は、全身麻酔下で行う日帰り低侵襲手術だ。手術は患者の症状に応じて水中手術と通常手術を使い分ける。水中手術では、生理食塩水で手術部位を洗浄し、血液による視野の妨げを防ぎ、安全かつ正確な手術を可能にする。下鼻甲介粘膜肥大や副交感神経切断などは小さな切開で行い、出血や癒着リスクを低減。術後の詰め物を不要にすることで、患者の痛みや不快感を最小限に抑えている。
術後ケアにも力を入れ、鼻うがいや生活習慣改善に加え、漢方や栄養療法も実施。金谷院長は漢方の専門医資格を持ち、腸内環境改善を重視するオーソモレキュラー療法を診療に取り入れており、症状に応じて食事指導やサプリメント指導を行う。これらのオーダーメイド治療は術後経過を良好に保つ効果があり、手術だけでは改善が難しい症状にも対応できる。
安全面では、信頼する麻酔科医による全身麻酔の実施や、術前の内科的診察による患者の健康状態確認を徹底。また、民泊施設「oomiya rooms」を併設し、術後の宿泊が必要な患者も万全の体制でサポートする。
金谷院長は「手術がすべてではなく、患者一人ひとりにとって最善の治療を考えることが大切」と話す。診察では丁寧なヒアリングを行い、栄養療法や漢方、生活指導のみで症状が改善すれば手術を行わず、患者が納得した上で最適な治療法を選択できる体制を整えている。「日々来院する患者一人ひとりに全力を尽くし、少しでも症状を改善すること」が同院の信条であり、金谷院長の研鑽と技術が、多くの鼻の悩みを抱える患者を救っている。
開業10年で膨大な治療実績を重ねてきた百戦錬磨のドクター
大阪・ミナミの繁華街、梅田と並ぶ難波に位置するなんば坂本外科クリニックは、下肢静脈瘤と鼠経ヘルニアの日帰り手術に特化したクリニックだ。大阪メトロ各線なんば駅から徒歩圏内という交通利便性の高さもあり、大阪府内のみならず、京都、兵庫、奈良など関西各地から患者が訪れる。院長の坂本一喜医師は「眠っている間に手術が終わり、翌日には日常生活に戻れる日帰り手術を広めたい」と語る。従来の入院を伴う手術に比べ、身体的・経済的負担が軽減されることが特徴だ。
クリニックでは、患者一人ひとりのライフスタイルや仕事の都合を踏まえて、手術のタイミングや方法を提案。忙しい現代人でも無理なく手術を受けられることを重視している。院内設備も、白を基調とした明るく洗練された待合室、個室の相談室やリカバリールーム、車いす対応のトイレや化粧室など、患者のプライバシーや快適性に配慮した設計がなされている。スタッフ全員が患者目線に立ち、手術後のフォローにも力を入れている。
専門治療の一つ、下肢静脈瘤は足の静脈が膨らみ瘤状になる病気で、女性に多く見られる。放置すると皮膚炎や皮膚潰瘍など重症化する可能性があり、早期受診と治療が推奨される。治療方法は血管内焼灼術(レーザー・高周波治療)や血栓塞栓術があり、症状や進行度に応じて最適な方法を選択。いずれも1時間以内で終了し、日帰りで対応可能だ。
鼠経ヘルニア(脱腸)は、足の付け根部分の筋肉が弱くなった箇所から腸や内臓脂肪が飛び出す疾患で、男性に多い。進行すると腸閉塞や腹膜炎を起こす可能性があり、手術が唯一の治療法となる。クリニックでは鼠径部切開法や腹腔鏡手術により日帰りで治療を実施し、全国でもいち早く導入した実績を持つ。開院以来、5,000件を超える手術を手掛けてきた。
坂本院長は奈良県立医科大学を卒業後、岸和田徳洲会病院で初期研修を修了。外科医として30年以上のキャリアを積み、下肢静脈瘤専門外来を担当し1,000件以上の手術実績を持つ。自身が幼少期にアトピー性皮膚炎で孤独感を味わった経験から、「患者の気持ちをとことん聴く医師になろう」と決意した。医師として、患者の病気だけでなく心にも寄り添う姿勢は開業以来変わらない。
クリニックの理念は「正確で安全な日帰り手術を、より多くの患者に提供すること」。日々研鑽を積み、新しい医療技術の導入にも積極的で、患者に安心・安全な治療を届けることに全力を注いでいる。忙しい現代人にとって、坂本院長率いるなんば坂本外科クリニックは、日帰り手術を可能にする頼れる医療の拠点であり続けている。
フリースタイル出産と母乳育児による自然な子育てを推奨
2024年の出生数は68万6061人と、前年より4万人以上減少し、日本の少子化は深刻さを増している。こうした現状に対し、「子どもを産み育てることが、もっと価値ある仕事だと社会全体が認識すべきです」と語るのが、女性の出産から子育てまでを支えるあかね医院院長の金森あかね医師だ。
金森院長は7人の子どもを出産し、全員を母乳で育てた経験を持つ。だからこそ妊婦の不安や葛藤に深く共感できる。「相手の気持ちを汲み取る」ことを何より大切にし、柔らかな言葉で寄り添う姿勢を貫いている。同院の特徴は、妊婦が自由な姿勢で出産できるフリースタイル分娩と母乳育児支援、さらに小児科まで含めた一貫サポート体制だ。
もともと外科医だった金森院長は、第一子出産を機に産婦人科へ転向。母子が離れずに過ごせる母乳中心の出産に感銘を受け、「母親の思いに沿う医療を実現したい」と2004年に開業した。以来、白衣ではなくエプロン姿で診療に立ち、親しみやすい空間づくりを徹底している。
フリースタイル出産では、畳敷きの個室で陣痛から分娩まで移動せずに過ごすことができる。四つん這い、横向き、座位など、妊婦が最も楽な姿勢を選択可能だ。医療者は指示するのではなく支える立場に徹し、「自分で産んだ」という達成感を大切にしている。帝王切開後でも希望があれば経膣分娩に挑戦でき、母体の力を信じたサポートで約4000人の出産を支えてきた。
産後は母子同室を基本とし、診察も部屋で実施している。無添加・減農薬食材による家庭的な食事を提供し、退院後の生活まで見据える。ヨガやフラダンス教室など、母親同士が語り合える場も設け、息抜きや情報交換をすることで孤立を防ぐ工夫も行っている。
母乳育児についても「五感で赤ちゃんを感じ取ることが安心につながる」と強調。医学的利点だけでなく、微細な変化に気づける感覚的価値を伝えている。約40名のスタッフは全員女性で、多くが国際認定ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)資格を取得。エビデンスに基づいた統一的支援を実践する。
さらに幼稚園から中学校まで「いのちの授業」を行い、命の尊さを伝える活動も継続。昨年末には国際出産イニシアチブ(ICI)の認定も取得した。
「女性には本来、偉大な力がある」。
医療に頼りすぎず、その力を引き出すことこそ使命だと金森院長は語る。少子化が進む今だからこそ、出産と育児の価値を社会に問い続けている。
万全の体制でがんの早期発見に貢献し医療連携体制も充実
赤羽乳腺クリニックは、乳腺外科を専門とし、乳癌患者の悩みに日々向き合う診療所である。院長を務める赤羽和久医師は、かつて愛知県がんセンター愛知病院や名古屋第二赤十字病院(現:日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院)において長年に亘り乳腺外科医としての経験を重ね、豊富な知識と技術を有する。元来は一般消化器外科を専攻していた赤羽院長は、乳腺外科専門医として患者を支えることを志し、以後その道を極めてきた。
同院は、高度な技術を有する放射線技師、臨床検査技師、看護師、事務スタッフ、リンパケアセラピストを擁し、患者一人ひとりに専門的医療を提供する。特に乳癌画像診断においては、マンモグラフィと超音波検査を組み合わせ、精中機構認定の高水準技師により施行される。画像診断の結果は原則として当日中に患者に提示され、視覚的に理解しやすく説明されるため、患者の安心感を高めることに寄与する。
さらに、乳癌手術後の副作用であるリンパ浮腫に対しては、上級セラピストによる複合的リンパケアを実施し、弾性包帯や着衣の指導も行う。自由診療にて提供される施術であるが、患者が受けやすい料金体系を整え、検査から術後ケアまで包括的に支援する姿勢を示している。加えて、抗がん剤治療に伴う脱毛など外見の変化に対する「アピアランス・ケア」や、患者の社会復帰支援「サバイバーシップ支援」にも注力し、治療と生活の両立を支える。
赤羽院長は、患者との信頼関係の構築を重んじ、診療において「算術より仁術」を旨としている。治療の過程で患者を責めることなく、勇気をもって受診したことを讃え、安心して医療に臨める環境を整えることに心血を注ぐ。また、若年層への乳房意識啓発「ブレスト・アウェアネス」を推奨し、異常を早期に発見するための自己観察を促している。画像検査においても、必要に応じて病理検査まで同日内に実施し、患者の不安を最小限に抑える工夫を重ねる。
今後、赤羽乳腺クリニックは医療連携体制の整備を進め、機能集約型のがん診療連携拠点病院との協働を強化することで、患者が円滑に治療を受けられる環境を整えるとともに、仕事と治療の両立支援や副作用対策にも努め、地域医療における専門クリニックとしての役割を果たすことを目指す。赤羽院長は「患者からの感謝の言葉を得ることこそ医師の喜びであり、やりがいである」と述べ、今後も外科医としての使命を全うする決意を示している。
法人の強みを活かした医療機関との連携が患者の安心に
神戸市東灘区の閑静な住宅街に佇む特別養護老人ホーム「おおぎの郷」。吹き抜けの開放的な空間とアロマの香りに包まれた清潔感ある施設だ。その医療体制を強化するため、2024年に開設されたのがおおぎの郷在宅支援診療所である。院長を務める本藤宜嗣医師は、施設の常勤管理医師として入所者を支えると同時に、地域住民へ在宅医療を提供。24時間365日体制で命と向き合っている。
広島県出身の本藤院長は、幼少期からサッカーに打ち込み、プロを志した元サッカー少年。進路に迷う中、医師という道に可能性を見出し関西医科大学へ進学。卒業後は兵庫医科大学病院で研修を積み、消化器内科で内視鏡治療に従事してきた。胃がんや大腸がんの早期発見に尽力した経験は、現在の診療にも生きている。
転機は、社会福祉法人千種会CEOで義父の岸本敦氏から、施設医療を強化したいと相談を受けたことだった。病院受診までは不要でも在宅生活が困難な高齢者を支える体制を構築したい――その答えが在宅医療だった。こうして診療所が誕生した。
訪問範囲は神戸市東灘区を中心に芦屋市、西宮市まで広がる。超音波や心電図などの機器を携行し、人工呼吸器管理や腹水穿刺、点滴、酸素投与にも対応。軽度の肺炎なら自宅で治療可能だ。基幹病院との連携も密で、必要時は迅速に入院へつなぐ。法人内の訪問歯科や看護とも協力し、医療資源を最適に組み合わせる姿勢を重視している。
特養の管理医師としても常勤で関わり、利用者の安心感向上に努める。本藤院長は「医師の役割は医療資源を適切に配置すること」と語る。訪問看護や地域包括支援センターとも連携し、医療だけでなく福祉面からも課題解決にあたる。一方で、不安を抱える患者や家族のもとへは自ら駆けつける機動力も強みだ。
特に印象的なのは、がん末期患者の在宅看取り。毎週訪問し疼痛管理や腹水処置を行い、最期をご家族に囲まれて迎えた。「先生でよかった」との言葉に、在宅医療の意義を実感したという。患者と家族双方の思いを丁寧に聞き、納得できる着地点を探る姿勢を貫く。
今後は体制の成熟化と後進育成が目標だ。医師を増員し、チームで支える組織へ発展させたいと考えている。支えてくれた兵庫県医師会関係者や岸本CEOへの感謝を胸に、本藤院長の挑戦は続く。地域に根差した在宅医療の拠点として、診療所は着実に歩みを進めている。
BTAやBOPTといった次世代の補綴術式も使いこなす
西歯科クリニックは、西治院長が率いる高度かつ精密な歯科医療を提供する診療所である。西院長は、習得困難とされるBTAテクニックⓇ(Biological Tissue Adaptation Technique)及びBOPTテクニック(Biologically Oriented Preparation Technique)等を駆使し、患者の歯及び歯肉の健康を最大限に保持しつつ、審美性にも優れた口腔環境を実現している。
同院は「院内感染防止」「審美セラミック治療」「歯の保存・延命」「予防重視」「痛みの少ない治療」「託児サービス」の六箇条を掲げ、診療を行う。院内は完全個室を設け、診療時のプライバシーを保持するとともに、削りカスや唾液等の飛散による感染防止を徹底する。器具は高圧蒸気にて滅菌し、滅菌パックにより管理されており、患者は安心して治療に臨むことができる。
治療の基本理念は「可能な限り歯を削らず、保存すること」にある。抜歯及び神経除去は最後の手段とし、まずは低侵襲な治療により歯の寿命を延ばすことを重視する。保険診療においては制限のある神経温存療法も、自費診療における先進薬剤や技術により可能な範囲で対応する。これにより、他院にて抜歯と診断された歯においても、保存を果たせる例が少なくない。実際、前歯の歯肉が下がり奥まっていた症例においても、BTA及びBOPTを併用したハイブリッド治療により、審美性と機能性を両立させた仕上がりを実現した。
審美治療に際しても、西院長は「見た目の美しさのみを追求するのではなく、本来の歯を守りつつ美観を整えること」を旨とする。従来困難とされていた歯肉形態の改善も、補綴的手法を用い歯周外科手術を行わずに実現し、歯茎のラインを長期にわたり安定させることが可能である。これにより、歯周病リスクを最小限に抑えつつ、自然で調和のとれた口元を提供している。
設備面においても、マイクロスコープ二台、精密診断と治療を可能とする歯科用CT、セファログラム撮影装置、歯列を立体的にスキャン可能なデジタルスキャン機器等を備え、精密な補綴治療及び根管治療を支援する。さらに、最新の滅菌機器や感染対策機器を導入し、治療の安全性及び精度を高めている。
西院長自身も研鑽を怠らず、国内外のセミナーや専門コースに積極的に参加し、最新技術の習得に努めている。特に根管治療及び審美補綴における専門コースへの参加により、歯の保存技術及び美観に優れた仕上がりを追求している。教科書に基づく基礎を愚直に実践しつつ、経験に裏打ちされた精度の高い治療を提供することを信条とする。
西院長の技術力と精密な設備、丁寧な対応により、西歯科クリニックは、歯を長期にわたり保持したい者、低侵襲かつ精密な歯科治療を求める者にとって最適の医療機関といえよう。
術後侵襲を最小限に抑え、難治症例も治療可能な革命的術式を開発
大学病院、クリニックを問わず白内障手術は広く行われているが、どこで誰の手術を受けても同じ結果になるわけではない。「白内障は日帰りで可能な短時間手術ですが、患者さんの目の状態によって難易度は大きく変わります。医師の技量次第で、本来見えるはずの目が十分に回復しないこともあります」。そう語るのは、2万7000例以上の手術実績を持つ医療法人社団松福会サトウ眼科クリニック理事長・院長の佐藤剛医学博士である。
佐藤院長は、現在主流の術式よりも安全性を高めた「エイトチョップ法」を開発。水晶体核を8分割してから吸引することで超音波エネルギーを最小限に抑え、角膜内皮細胞の減少を大幅に低減させる。従来法で6~18%減少するとされる内皮細胞が、通常症例で約1%の減少にとどまる点は大きな特長だ。手術時間も4~5分と短く、侵襲が少ない。さらに両手を用いて段階的に操作できるため、各手技に集中でき、安全性の向上につながっている。
茨城県の農家に生まれた佐藤院長は、減反政策に翻弄される父の姿を見て医師を志し、筑波大学医学専門学群へ進学。附属病院で研鑽を積み医学博士号を取得後、ボストン大学へ留学し糖尿病網膜症の研究に従事。国際的評価の高い学術誌に論文を発表するなど基礎研究で成果を上げた。その後、「患者を直接治す医療がしたい」と臨床の道を選択。総合病院で数多くの手術を経験し、2007年に松戸市で開業した。
白内障手術の進化は、一手法、ディバイドアンドコンカー法、フェイコチョップ法、プレチョップ法へと発展してきた。プレチョップ法は優れた術式である一方、高度な技術を要する。そこから着想を得て改良したのがエイトチョップ法である。さらに硬い水晶体核やチン氏帯脆弱例、散瞳不良例などの難症例には、自ら開発した器具を用いるランスチョップ法で対応。他院で断られた症例も数多く成功へ導いてきた。難治症例では20分以上、時に2時間を要することもあるが、最後まで責任を持って執刀する姿勢を貫いている。
「治る可能性のある目を諦めてほしくない」と語る佐藤院長は、術前診断から手術、術後管理まで一貫して担当する。年間650~850例を手がけながらも、緑内障や網膜疾患の診療にも力を注ぎ、総合的に目の健康を守る体制を整えている。近年はエイトチョップ法の普及にも注力し、論文発表や手術見学の受け入れ、動画公開などを通じて国内外へ発信。安全で質の高い白内障手術を標準化するという目標に向け、その挑戦は今も続いている。
丁寧な問診で各人に適したリハビリメニューを提供
医療法人清香会南新宿整形外科リハビリテーションクリニックは、再生医療に加え、ピラティスおよびマッケンジー法といった手術に頼らぬ運動療法を積極的に導入し、膝や肩等の疼痛に悩む患者を診療する医療機関である。診療においては問診を重んじ、患者一人ひとりの訴えを丁寧に聞き取り、その者に適したリハビリテーションメニューを提供する。
院長を兼ねる橋本三四郎理事長は、米国留学の経験を活かし、常に新たな医療手法の探究に努める日々を送る。患者の負担を極力軽減する診療方針は、幅広い年齢層から高く支持されている。
橋本理事長は、関節痛緩和に有効とされる成分「グルコサミン」との出会いを米国にて得、その後日本に初めて紹介した功績を持つ。グルコサミンは万能薬ではないものの、初期症状において一定の疼痛緩和効果が認められ、副作用が少ない点で優れた特性を有する。
橋本理事長にとって重要な転機の一つが、「マッケンジー法」との出会いである。学会にて知ったこの療法は、患者自身が自ら症状に対処できる運動療法であり、全国でも限られた施設のみが認定を受ける希少な手法である。症状や体調に応じたオーダーメイドのリハビリメニューを作成し、資格を持つ理学療法士の指導下で患者が自発的に実施する点が特徴である。
さらに、ピラティスも保存的治療の一環として導入している。体幹の安定性や可動性を高める低~高強度のエクササイズで、高齢者からアスリートまで幅広く適用される。
加えて、再生医療も診療の柱である。PRP(多血小板血漿)療法や脂肪幹細胞療法を定期的に施行し、患者自身の血液や脂肪由来の細胞を活用して患部の再生を促すことで、疼痛や炎症を軽減する。手術を避けたい患者に対しては、保存的治療と再生医療を組み合わせた選択肢を提示し、多くの症例で手術を回避できる成果を上げている。
橋本理事長は、診療において「最後まで患者の話を聞く」ことを重視する。問診で得られる情報には、治療の糸口が潜んでおり、具体的な症状や経過を聞き取ることは診断の正確性を担保するうえで不可欠である。開院より二十余年を経た現在も、日々新たな発見に満ちた医師としての業務に喜びを覚えるという。
その探究心は、父から受け継いだものであると語る橋本理事長は、研究者としての根幹を維持しつつ、臨床においても患者への最良の医療を追求し続ける。「体力と好奇心が続く限り、医師としての道を歩み続ける」との言葉に、飽くなき情熱と責任感が垣間見える。
様々な職種の職員が不安な心に寄り添って優しく明るく励ます産婦人科医院
医療法人西川医院は、「安全なお産」と「感動的で楽しく幸せなお産」の両立を理念としている産婦人科医院だ。西川正博院長は、出産は単に安全であるだけでなく、後に振り返って楽しい思い出となることが大切だと語り、母親や家族と職員が一体となって取り組むことを重視している。200枚以上のスライドを用い、出産に関わるあらゆる事柄を丁寧に説明し、特に母体を守るために重要な情報は重点的に伝えている。母体死亡の主な原因である産科危機的出血、羊水塞栓症、胎盤早期剥離についても、軽度の出血や胎動の異変があれば陣痛の有無に関わらずすぐに来院するよう促している。実際、胎盤早期剥離の兆候を早期に発見し、帝王切開で母子ともに無事に救命した例もあり、迅速な対応体制の重要性が示されている。
同院では心のケアにも注力。公認心理師が産前産後の自殺リスク軽減や母親の精神的支援を行うほか、24時間365日対応可能な託児室「西川倶楽部」により、上の子の託児や母親のリフレッシュ時間を確保する。さらに、エステティシャンによる心身のケア、管理栄養士による彩り豊かで美味しい食事の提供など、母親が安心して出産・育児に臨める環境を整えている。硬膜外麻酔分娩も扱い、希望者の7割以上が利用。痛みを和らげることで、出産への恐怖心を軽減し、安全かつ穏やかな出産体験を提供している。
同院の特徴は、多職種連携による包括的ケアである。助産師や看護師は分娩中の母体・胎児の状態を常に観察し、「ひとりぼっちにしないお産」を徹底。管理栄養士は食事で母親の心も満たし、エステティシャンは産前産後の心身ケアを提供する。保育士は妊娠中から入院・退院後まで伴走し、子育て支援室では季節のイベント等を開催、母子の心の安定と前向きな育児を支えている。ベビーケアアドバイザーや受付、秘書も、母親が安心して過ごせる環境づくりに貢献している。
さらに、同院では出産後の思い出作りにも力を入れている。職員のコーラスやオリジナルCDの贈呈、誕生日会や成長記録の写真提供など、母親が育児に前向きになれる体験を演出。退院後も再びイベントに参加できる機会を設けることで、継続的に支援を受けられる体制を整えている。開院以来、同院で出産した子が成長して母親として戻る例もあり、職員自身も同院のファンであることが多い。これは、同院での出産体験が「感動的で幸せな体験」であることを示している。
母親が安心し、出産を通じて感動的で幸せな体験を得られる環境を提供する。命を守る医療の確実さと、心を満たすケアの両立を追求する同院は、安全でありながらも温かみと癒しに満ちた、唯一無二の産科医院である。
地域の総合病院との連携も大きなサポートに
風光明媚な山形県置賜地域・川西町に開院したいなげ内科呼吸器内科医院は、2025年で3年目を迎えた。町おこし事業「川西町メディカルタウン」構想の一環として内科クリニックの公募が行われたことが開業の契機である。長年勤務した公立置賜総合病院と地域への恩返しを胸に、稲毛稔院長は独立を決意した。
過疎化が進む地域では、総合病院に患者が集中し医師の負担が増大する。そこで軽症・中等症はクリニックが担い、重症は総合病院へ紹介する連携体制を築けないか――それが開業前からの構想だった。さらに呼吸器疾患は内科受診患者の1割以上を占めるにもかかわらず専門医が少ない。見逃しを防ぐため、あえて「呼吸器内科」を前面に掲げた。
開院後、喘息や肺炎、肺がんなどの患者が徐々に増加。今では県内各地から来院があり、月1500人以上が受診する。患者の6~7割は喘息などの呼吸器疾患で、若い働く世代や学生も多い。祖父母、親、子と三世代で通う例も珍しくない。特に部活動に励む中高生アスリートが多く、「記録を更新できた」と報告を受ける瞬間が何よりの喜びだという。
治療は段階的に行う。軽症は吸入薬や内服薬、難治例にはバイオ製剤を使用。血液検査で適切な薬剤を見極め、寛解に近い状態を目指す。吸入薬の正確な使用が重要なため、地域薬局と連携し丁寧な指導を徹底。呼気一酸化窒素測定や呼吸抵抗測定機器など最新設備も導入し、診断精度を高めている。
22年間の勤務医経験で培った「症状を見極める力」も強みだ。風邪と診断された患者が実は初期肺炎だった例や、検診異常から結核を発見した例もある。早期発見できれば外来治療で改善するケースは多い。糖尿病や睡眠時無呼吸症候群にも対応し、生活習慣病管理にも力を注ぐ。
診療で大切にするのは、ウィリアム・オスラーの「患者の話に耳を傾けよ」という教えだ。丁寧な問診が正確な診断につながると信じる。さらに将来の健康リスクを減らすことが内科医の使命という理念も胸に刻む。
今後は地域連携をさらに強化し、軽症から重症までバランス良く診療できる体制を整えたいと語る。加えて子宮頸がん、帯状疱疹、RSウイルス、インフルエンザなどのワクチン啓発にも注力。予防医療を通じて地域全体の健康を底上げする構想だ。
開院時の情熱は3年経った今でも全く衰えていない。それどころか益々勢いは増すばかりである。稲毛院長の呼吸器専門医としての知見と誠実な姿勢が、地域医療の未来を支え続けている。
スタッフの専門性や強みを最大限に活かし働きやすい環境作りに注力
愛知県豊田市にあるたいや内科クリニック。ロゴに描かれたつくしとスギナには「向上心、努力、驚き」という花言葉が込められ、「人と人とがつながり、協力し合い、関わるすべての人がたくましく伸びやかに成長できる医院でありたい」という加藤大也院長の理念が象徴されている。
名古屋市で個人薬局を営む家庭に育ち、夜間でも患者のために店を開ける両親の姿に影響を受けた加藤院長は、自然と「人の役に立つ仕事がしたい」と考えるようになった。藤田医科大学医学部へ進学後は内分泌・代謝内科を選択。生活習慣病という長期にわたり寄り添う医療に魅力を感じ、糖尿病と甲状腺疾患を専門とした。JA愛知厚生連豊田厚生病院では17年間診療に従事し、糖尿病チーム医療体制の構築にも尽力。しかし、足切断や失明に至る重症合併症の患者を数多く担当する中で、「もっと早期に介入できれば防げたのではないか」という思いが募り、地域での啓発と早期治療を実現するため2022年に開院した。
糖尿病は生活習慣と結び付けて語られやすく、罪悪感から受診をためらう人も少なくない。同院では「来てくれてありがとう」と声をかけ、通院の心理的ハードルを下げることを重視する。治療はテーラーメイド型で、患者の生活背景や経済状況まで考慮。特にインスリンポンプ療法は同院の特長で、基幹病院入院が一般的な高度医療を外来で導入できる体制を整えている。看護師や管理栄養士、臨床検査技師が密に連携し、安全かつ継続可能な治療を支える。
院内には栄養相談室やフットケア室、多目的室を備え、糖尿病教室「つくしの会」や料理教室を開催。食事療法を実践的に学べる環境を整え、ブラジル人住民にも対応できる通訳体制や多言語資料も用意する。体成分分析装置やAI眼底検査、高性能生化学分析装置の導入により、合併症の早期発見と迅速な治療方針決定を可能にした。必要時は速やかに基幹病院へ紹介し、地域医療連携も重視している。
スタッフは20名を超え、糖尿病看護認定看護師や療養指導士が在籍。専門資格を活かせる職場づくりを進め、家族参加型イベントの開催など働きやすい環境整備にも注力。その取り組みはホワイト財団によるホワイト企業認定シルバー取得という形で評価された。
さらに東海3県の小児1型糖尿病サマーキャンプへの長年の参加や患者会の開催など、地域啓発活動も継続。短期目標は待ち時間短縮と在宅医療体制の整備、長期目標は100年以上続くクリニックづくりだという。つくしのように温かく、しかし力強く伸び続ける姿勢で、地域の未来を支える医療を実践し続けている。
患者が自らの力でトライできるようワンチームでサポートする
公益社団法人地域医療振興協会 練馬光が丘病院は、自治医科大学の卒業生が設立した地域医療振興協会の理念に基づき、地域医療に尽力する病院だ。協会は全国に86の病院や診療所を運営し、約9300名のスタッフを擁する。吉田卓義院長は「地域でも標準治療が受けられる環境を整え、総合診療医を育てること」を目的に掲げ、患者一人ひとりに寄り添う医療を実践する。
吉田院長は自治医科大学卒業後、埼玉県秩父地方で僻地医療に従事し、地域と密接に関わる経験を積んだ。その後、さいたま医療センター外科や東京北医療センターでの勤務を経て、2012年に同院の立ち上げメンバーとして参加。2023年7月に病院長に就任した。
吉田院長自身も2024年に脳出血で入院し、7か月にわたる療養生活を経験。その間、患者目線で同院の評価や改善点を学び、リハビリ施設や他院との交流を通じて病院運営の知見を深めた。現在は杖を使えば1km歩行可能で、回復期病棟ではリハビリやドライビングシミュレーターを用いた社会復帰支援にも力を入れる。
同院は2022年に新病院を開設し、病床数を342床から457床に増床、診療科目も28科から33科に拡充した。救急医療、小児医療、周産期医療、災害医療に注力し、ICU/HCUや透析室、化学療法室など設備を充実させ、放射線治療や内視鏡外科では手術用ロボット「da Vinci」も導入。救急搬送の受け入れを拡大し、患者が近隣で高度医療を受けられる体制を整えた。
また、同院では総合診療医の育成に力を入れている。高齢者や多疾患患者への対応を重視し、「専門医でなければ対応できない場合のみ他科へつなぐ」という方針で、幅広い医療知識と柔軟な対応力を持つ医師を育成する。指導の基本は「まず患者の傍に行き、感覚として症状を覚えること」で、医局や大学に関係なく、患者への姿勢を重視して医師を採用する。
職員全体としても、投書箱を通じた意見への対応や、上司の許可なしで改善策を実行できる体制を整え、チャレンジ精神を尊重。吉田院長は「患者に明るく接し、具合が悪い人には自然に声を掛ける医療人の集団を作る」ことを重視し、ラグビーのチーム精神を組織運営にも活かしている。
さらに、在宅医療クリニックとの連携を強化し、患者が退院後も満足の行く日々を送れるよう支援する。吉田院長は「高齢者の人生の最期まで付き添い、無理な延命措置を取らずとも満足の行く生活を提供することが医師の使命」と語る。地域医療、患者支援、職員教育の三位一体で、同院は練馬区の医療の中核を担い続けている。
愛をもってささえ、愛をもって患者に寄り添う医師
北海道札幌市では、介護保険制度開始以前から在宅ケア連絡会議が各区で継続的に行われるなど、在宅医療と介護の連携が進んできた。医療機関、介護職、薬剤師、訪問看護師、ケアマネジャーなど多職種が定期的に交流し、強いネットワークが築かれている。
ホサナファミリークリニックの一木崇宏理事長は、「地域から患者を引き離さない医療」を掲げ、在宅医療の普及と質の向上に尽力している。理念の根底にはキリスト教の隣人愛があり、患者と家族に寄り添い、人生の最期まで支える医療を実践している。
在宅医療において一木理事長が特に重視するのは「どう看取るか」という視点。医療は単なる延命ではなく、患者がその人らしく最期まで生きることを支えるべきだと考えている。人生の最終段階においても希望や目標を持ち続けられるよう支援することが、真の「看取り」であると捉えている。
認知症や末期がん患者への対応においては、早期からの関係構築が重要であると指摘する。本人の意思確認や適切な支援を行うため、医療機関や家族が早い段階で在宅医療に繋げることが求められる。
同クリニックの特徴は、医療と介護を一体的に提供する体制にある。訪問診療や訪問看護に加え、小規模多機能型居宅介護、訪問介護、住宅型有料老人ホームなどを運営し、利用者の状態に応じた柔軟な支援を実現。特に小規模多機能型居宅介護は「通い・訪問・泊まり」を組み合わせ、同じスタッフが継続的に関わることで認知症患者にも適したサービスだ。24時間対応が可能であり、家族の負担軽減にも大きく寄与することから、在宅医療を支える重要な仕組みと位置づけられている。
小児在宅医療や移行期医療にも力を入れている。重度障害を抱える子どもや、小児科から成人医療へ移行する際に受け入れ先が見つかりにくい患者に対しても積極的に対応し、制度の狭間を埋める役割を果たしている。長期にわたり患者と家族に寄り添い、成長や生活の変化を支えていく姿勢は、地域医療の新たな在り方を示している。
今後の展望は、認知症グループホームやホームホスピスの開設、さらには地域との連携強化。地域イベントや相談の場づくりを通じて、住民が気軽に医療や介護について相談できる環境を整備し、孤立を防ぐ取り組みも進めている。こうした活動は医療の枠を超え、地域コミュニティの再構築にも寄与するものである。
一木理事長の実践は、治療中心の医療から生活と人生を支える医療への転換を体現している。高齢化が進む日本において、どこでどのように生き、最期を迎えるかという課題に対し、在宅医療という形で具体的な解決策を示しており、その意義は非常に大きい。
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常に感謝の心を持ち、目の前の顧客からESGまで幅広く貢献する
坂田信一郎氏が社長を務める中央自動車工業株式会社は、コーティング事業、アルコール検知器事業、自動車用部品事業を3本柱とする。
コーティング事業においては、オイル添加剤〝MT-10〟や、外壁や樹脂にも対応する商品〝エクセルピュア〟などを揃え、抗菌防臭剤〝C.A.W 抗菌・防臭チタニア〟は、音楽ホールなど様々な場所に施工。コロナ禍では、中之島美術館や市立科学館のプラネタリウムシート等に無償で施工を行い、多くの感謝状や表彰状も贈られている。
コーティングはESGの一環にもなり、車が綺麗ならば、運転手は車を傷つけないよう気を配り、事故率が低下すると言われている。
「コーティングを施せば水だけで車がピカピカになるのです。洗剤を使う回数が減るため環境負荷を軽減できます」
また、業界初の試みとして、コーティング剤用のガラス瓶を回収、リサイクルしている。他にも、商品のパッケージを紙に変更、工場での廃液の排出を中止、リサイクルが可能な自動車部品の回収など、環境問題への細やかな配慮を行う。
自動車部品事業では自社ブランド〝J.CAP〟シリーズを開発し、海外事業部で様々な部品を売り出している。国内でも2025年3月にはコーティング加工などを行えるピットを備えた新東京支社を竣工予定で、同時期に高崎営業所も新設し、各地域に密着した商いを行っていく。
2002年の飲酒運転厳罰化に伴い、アルコール検知器〝SOCIAC(ソシアック)〟を発売。酒気が残ったまま出社し、社用車で飲酒運転事故を起こせば、個人としても企業としても大損害を被る。ソシアックを用いれば、それを未然に防止することができる。現在は品質の高さ、使いやすさが支持され、5万件以上の企業や官公庁、自治体などで活躍。飲酒運転事故を減らすことに貢献している。
また、毎年ソシアックの売上金の一部を公益財団法人交通遺児等育成基金へ寄付、FM大阪の飲酒運転撲滅キャンペーンへの協賛など、飲酒運転に纏わる多くの慈善活動を行う。
2017年、本社近くに中之島R&Dセンターを開設。研究員も本社の商品開発部へ出勤してからR&Dセンターへ向かうことで、部署間の風通しが良好に。また、本社へ訪れた顧客を研究所の見学に誘うことも容易になり、顧客の安心と興味を引く結果に繋がっている。加えて、自社に人工気象室を備えたことは開発スピードを格段に上げた。
あらゆる面で人に、環境に、社会に貢献する中央自動車工業。これからも誰もが喜べる仕事をするべく進み続ける。
(文章一部抜粋、完全版は書籍をご覧ください)